何を言われたのか、カナメはすぐにはわからなかった。ベンチの上に広げたジョイントと、手元にある600ミリの小割を見比べたカナメは、キサゲが意識していなかった正解を言い当てたことに驚いた。
「なんでわかった?」
「なんでって」キサゲは噴き出した。「同じ長さの小割を60度で繋いだら正三角形しかできないじゃない」
「そうか。確かにそうだ」
苦笑いしたカナメは、小割を集めてキサゲが手招きしているベンチへ向かった。キサゲのいう通り、何を作ろうとしているのかなんて考えていなかったのだ。
キサゲはポケットから工作用のナイフを出して、カナメが持ってきた小割を手元に引き寄せた。
「いいからおいで。ケーブルの引き出しは私がやってあげるから、カナメは組み立てなよ。ガラスもどっからか拾ってくるから」
「悪いね、ほんと」
カナメはケーブルを引き出した小割を3本手に取ると、キサゲが用意したジョイントを作業ベンチに並べた。トラスの隅に使う2本継手と、60度で継手が3つ並ぶ120度継手、そして4本の継手が並ぶ180度の継手だ。カナメはジョイントと小割を交互に手に取ると、正三角形が上下反転しながら4つ連なる三角トラスを組み上げた。
まだ仮組みだが、ガラスをはめてジョイントについているボルトを締めると、小割から引き出したCNTが高張力で引っ張り合って同じ大きさに削り出したステンレススチールの板を超える強度を持つ枠になる。重さは5000分の一だ。
組み合わせ次第で、三角柱にも四角形、五角形、六角形といったチューブ状にも、はたまた球面に組み立てることも可能なこのトラスは張力構造体の基本要素だ。宇宙船の骨組みにも居住区の柱にも、ドームそのものも、この三角形を組み合わせたものが使われている。地球は知らないが、火星や木星のように強い重力のある場所では、テンセグリティの骨組みにセメントを流し込んだ柱が土木工事の基本構造だという話だし、居住ユニットを積み上げたベスタ建築が形を保っていられるのも、この三角トラスのおかげだ。
トラスを手に持って、捻ったり、振ったり、いろいろな角度から眺めたりしていると、三角形のガラスを持ったキサゲが戻ってきた。さすがというかなんというか、既に窒素を封入した二重ガラスに加工されていた。
ジョイントを緩めてトラスの内側にガラスを嵌め込むと、キサゲが手を叩いた。
「これでいいんじゃない?」
「何が?」
「頼まれてた窓。このままずらーっと並べていくの。軽いし丈夫だよ」
カナメは首を振った。
「これじゃあトラスにしか見えないよ」
「なんだ、考えてるんじゃん」
「そりゃあ――」と言いかけると、キサゲがくすりと笑う。
「わかってるよ。これじゃないことぐらい。でも難しいよ、実際」
カナメはガラスをはめたトラス窓を持ち上げて、真横から見てみた。1メートルを超えるガラス枠を片手で支えている姿を見ると地球人は驚くだろうが、低重力のおかげでほとんど重さは感じない。ジョイントを足のように出せば凹凸のある壁にも取り付けられるだろうし、何より強い。三角トラスを使うのは間違っていない気もしてきた。
だが、この見た目はどうしようもない。
「やっぱりだめだ」
カナメはトラスをベンチに放り出す。
ゆっくりと回転しながらベンチに落ちていくトラスに、まばゆい居住空洞の天空光がガラス面に映り込む。目を細めたカナメはその瞬間に何かを見た気がした。
「キサゲ、窓掴んで止めて」
「はいよ」
打てば響く間柄だ。腕を伸ばしたキサゲはトラスが落ちないように受け止めて、そのままの角度で固定してくれた。
「何か見えた?」
声に出さずに頷いたカナメはゆっくり前後左右に歩いて、落ちていくときに見えた何かを探った。天空光がガラス面の半分に映し出されたところで、カナメは自分が見たものに気づいた。
「キサゲ、長手を軸にトラスを倒してみて」
「はい、こんな感じ?」
キサゲが手首をゆっくりと曲げてトラス窓の角度を変えていく。天空光に照らされたトラスの影が、ベンチの天板で形を変えていく。
「もう少し――そう、それでいい」
3つの三角形が組み合わせられたトラスの影は斜めに歪み、右の2つの三角形は正方形の影を落としていた。何かに気づいたらしいキサゲがため息をついた。
「確かに、斜めにすると直角出るけどさ。この形に組めばいいの? これもトラスだよ」
「違う」
カナメはチョークを取ると、ベンチに落ちた影の枠をなぞって、右隅の隅を指差した。
「この角を動かさないように回してみて」
「ええと、これね。はいはい」
両手でトラスを掴んだキサゲは、カナメの指示通りにトラスを回していく。
「そこでストップ。今度はこの点を中心に、水平に回して」
「わかった。こう?」
カナメはキサゲにトラスを回してもらうと、ベンチに落ちた枠の影をなぞる。
「ごめん、今のは違ってた。もう1回いい?今度は枠をロールさせて」
「長手基準だよね。こうかな」
「そうそう。今止めて――次は、この辺を中心に回してみて――違った、ごめん。戻して、この辺を中心に。そうそう、ありがとう!」
カナメはトラスを宙で転がすように指示をしてベンチに落ちる影をなぞっていく。しばらく作業を繰り返すと、ベンチに描かれたチョークを確かめたキサゲがついに口を開いた。
「これ、いいじゃない」
カナメは頷いた。
三角トラスを回転させながら平面投影した枠の影は、今まで見たことのないパターンが描かれていた。
引き伸ばされた三角形が複雑に隣り合うパターンが生まれていた。もとが単純な三角トラスなのだから繰り返しパターンはあるのだが、そこに至るまでに三角形の枠が描くパターンは予測不可能だ。
全てが三角形なので強度が足りなくなることもない。
カナメの頭にはもう1つの可能性がゆっくりと立ち上がっていた。
三次元の物体を二次元投影してパターンが作れるのなら――考えをまとめようとした時、キサゲの声がカナメの集中を破った。
「私、作ってるね。あとは頼むよ」
キサゲは既に小割置き場に向かっていた。
「あと?」
「そう」キサゲはベンチに描かれた枠を指差した。「格好いいけど、いつもカナメがトラスを投影するわけにいかないでしょ。繰り返しパターンをいくつか作って規格化しないと。手は私が動かすから、デザインは決めちゃって。何か思いついたんだよね」
「うん」
カナメは工房の奥の壁に設計用のツールを投影した。
今はトラスを三次元空間で転がしてみた。それなら、四次元空間で定義した正四面体トラスを三次元空間の建物に投影することもできるはずだ。
シミュレーションとモジュール化に没頭したカナメがその日の夕方に7つのパターンを選び出した時、キサゲが壁面に映し出された枠を見上げて感嘆の声を上げた。
「いいのができたじゃない。この枠ならどこにでも取り付けられるし、どこもかしこも同じにはならない」
「ありがとう。そっちは?」
カナメが聞くとキサゲは工房の開口部を指差した。
透明なフィルムを掛け渡していた開口部は、大きな三角形が予測不能なパターンで連続する天窓になっていた。
キサゲは腕を組んで自信たっぷりに断言した。
「このパターンでなら、統一してみたいな」
第3回に続く
- 小説
藤井 太洋(ふじい たいよう) - 1971年 鹿児島県奄美大島生まれ。日本SF作家クラブ第18代会長。
- 2015年 『オービタル・クラウド』で第35回日本SF大賞、第46回星雲賞受賞。
- 2019年 『ハロー・ワールド』で第40回吉川英治文学新人賞を受賞。
- トップイラスト
- Robin Rombach and Andreas Blattmann and Dominik Lorenz and Patrick Esser and Björn Ommer: High-Resolution Image Synthesis with Latent Diffusion Models. Proceedings of the IEEE/CVF Conference on Computer Vision and Pattern Recognition (CVPR), 2022, pp. 10684-10695.
- プロンプトエンジニアリング 渡邊 基史(清水建設株式会社)
- 画像生成AIに対するプロンプトを作成