SF作家・林譲治氏の「バベルの明日」の舞台は、居住人口80万人、総人口300万人のピラミッド型のメガシティ。そこではAIを活用した自動即時通訳システム「バベル」により、人々は誰とでも自由に会話ができ、コミュニケーションがとれ、さまざまな役割を持つロボットが普通に仕事をし、人もアバターでリモートワークを行っています。
現実世界でも、AI搭載のカメラやセンサー、多言語対応のナビシステム、ロボットや車両の自動運転などが実用化され、街づくりにも生かされ始めています。
こうした背景から、林譲治氏と「テクノアイ」を担当する、当社技術戦略室の中村、岡澤、北村がAIと建設の融合で未来の街がどう変わるのか、その可能性について共に語り合いました。
SF作家
林譲治(はやし じょうじ)
1962年2月、北海道生まれ。臨床検査技師を経て、1995年『大日本帝国欧州電撃作戦』(共著)で作家デビュー。2000年以降は、『ウロボロスの波動』『ストリンガーの沈黙』と続く《AADD》シリーズや『小惑星2162DSの謎』(岩崎書店)。最新刊は『星系出雲の兵站』シリーズ(早川書房)。家族は妻および猫(ラグドール)のコタロウ。
清水建設株式会社 技術戦略室
副室長
中村 健二
(なかむら けんじ)
AI推進センター主査
岡澤 岳
(おかざわ たかし)
開発推進部
北村 佳世子
(きたむら かよこ)
多言語になった人々がAI技術で、建設をし、一緒に生活する
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林さんのSF小説「バベルの明日」はどこから着想を得たのですか?
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林
清水建設さんは昔、「TRY2004 メガシティピラミッド」構想を発表したことがあります。東京湾に巨大ピラミッド型の構造物を建設するというものです。それにとても興味を持ちました。主題として、「建設」を書くか、「メンテナンス」を書くかで考えましたが、私はインフラ整備の方に興味があったので、メガシティピラミッドを舞台に、人工知能による通訳が活躍するメンテナンスの話に決めました。
今、日本では海外からの労働者が約130万人規模で来ているという状況があります。今後はもっと多国籍の人と多言語化された環境で働くことになり、人工知能による通訳は必要不可欠になると考えたからです。そこで、「バベルの明日」では世界各地に散らばり違う言語を話すようになった人々が、AI技術で克服し、ひとつの言語で建設をし、一緒に生活する未来を描く物語にしました。 -
中村
まず、「TRY2004 メガシティピラミッド」構想をご存じだったことに驚きました。懐かしい思いと共に、あの当時の設定が今の時代に即した形で再設定されていることに楽しく読ませて頂きました。ありがとうございました。この構想は私が入社した時にはすでに出来上がっていたものです。16年も前にこんな未来が訪れるはずだったんですけど、まだ実現されていません(笑)。
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岡澤
私はメガシティピラミッドを建築物としか捉えていませんでした。どんな建物が入るとか、どんなインフラが必要かは想像できていましたが、そこで働く人とか、メンテナンスロボットについては想像できませんでした。なるほどと感心しました。
AI同士が連携して新陳代謝していく
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AI技術は「TRY2004 メガシティピラミッド」構想の頃にはまだ一般的ではなかったと思います。
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岡澤
TRY2004の構想時点は、おそらく、第二次AIブーム、冬の時代だったと思います。
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中村
確かに、構想を発表した当時は、AIやアバター、メンテナンスロボットという発想はなかったですね。ただ、将来、翻訳機で誰とでも会話できる世の中が来れば良いなと思っていましたが、それも現実になりつつあります。「TRY2004 メガシティピラミッド」構想で描いた未来がすぐそこまで来ていると思いました。
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林
AIは身近になってきましたよね。私は今、AI技術といわれているものは、ビッグデータのなかから相関関係を見つけ出す能力の代替だと思うんです。AとBに関係があるから、Aが増えたらBも増えるだろう、減るだろうという。
まだ、「それはどうしてか」という、因果関係を見出すところまでは行っていません。ビッグデータのなかから因果関係を見出すアルゴリズムが出来たら、飛躍的な発展をするでしょうね。 -
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今後、建設でAIはどのように活用されていくとお考えですか?
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林
ビルの中でAIは大きな空間から小さな部屋に至るまで、空調の監視や調整・制御をしたり、ビル全体の耐久年数をひたすら計測して行くのではないでしょうか。
情報的な生態系を使うことになるのでしょう。AI相互で情報のやり取りをしてネットワークを組んで、ビルの環境を維持するという大きな目的のために、集団で働く。AIが勝手に部屋の環境を把握して、人間にメンテナンスさせることで、ビルの主観で新陳代謝を進めて行くようになると思います。 -
中村
そのような世界はいずれ訪れますよね。そのなかにはロボットもいると思います。IoTの活用が進めば、末端から収集したデータをAIが解析してものやサービスにフィードバックするのが当たり前になるでしょう。インテリジェントなAIが目指すべき道だと思います。
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岡澤
当社から独立した会社が、データを基に「この時期にこういう修理をしておいたほうがいい」とか「空調機はそろそろ取り換えた方がいい」と伝えてくれるサービスを展開しています。今後は維持管理やコスト削減管理にも取り組むところです。ただ、実際にやるにはデータが不足しています。これからはデータを蓄積して、より効率的に活用できるようにしたいと考えています。
先端技術を作っている現場が実はとても面白い
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清水建設はさまざな技術開発に取り組んでいます。それはなぜですか?
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中村
当社のお客様は多種多様に亘っており、お客様の業務に即した建物を建設する必要があるからです。しかし、そればかりではありません。私が入社した頃は会社も本気で宇宙が人間の生活範囲になるかもしれないと考えていました。すぐに宇宙につながらなくとも、そこで開発された技術が人々の生活に役立つと取り組んでいたんです。
建設業に従事する者は、「新しい街の風景」を作ることを想像しているものです。そして、「その新しい街はどんな街並みなのだろう、そこに暮らす人はどんな人だろう」と考えています。言ってみれば街のグランドデザインを考えているわけですが、それを叶えるためには必要な技術が数多くあります。なので、常に技術開発が必要不可欠なんです。 -
北村
この先、多様性が進んで行くと、いろんな専門家が集まった多種多様な組織になり、新しい発想での技術開発が進んでいくのではないでしょうか。
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中村
宇宙や海洋は分かりやすい技術ですが、それ以外の技術がどのように作品につながって行くのかは自分ではイメージできませんでした。それがいろいろな作家の方に、当社の技術を捉えて頂き、しかも少ない字数でも引き込まれるような作品に仕上げて頂いたということに感動しています。
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岡澤
「テクノアイ」では当社の技術を淡々と発信しているのですが、先生方がその技術を物語にすることで、技術が動き出す。そこが読んでいてとても楽しかったです。
我々の技術開発は少しストーリー性に乏しい傾向があります。技術がどのように使われるかに対して、とても良いアイディアをもらえたと感じます。 -
北村
SF作家の先生方だけではなく、一般の人たちにも興味を持って頂くことができました。小説が公開される度にTwitterでお知らせしていましたが、読んだ人から多くの感想をツイートしてもらえました。一般の方たちの意見も聞けたのは勉強になりました。
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作家としては、技術をベースに書く難しさはなかったですか?
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林
私としては「何でも良いから書いてください」と言われる方が難しいんですよ。制約があればそのなかで問題解決をするロジックが組めます。『これは使えないけど、これが使える。どうする?』と組み立てることができるので、主題がはっきりして書きやすいというところがあります。
私は研究者と話す機会も多いのですが、研究者が「当たり前で、何の変哲もないこと」と考えていることがSF小説としてはすごく面白い話になるというのがとても多いんです。つまり、先端技術を作っている現場が実はとても面白いですね。 -
中村
すでに多くの先生方が、次期作品の執筆に名乗りを上げてくれていると伺いました。作品にしてもらえるような、新しい技術開発に取り組まないといけないですね(笑)
建築とSFはとても親和性がある
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第二期に対する期待を教えてください。
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中村
ある著名な先生から、「建築はアートとサイエンスが融合している」と言って頂いたことがあります。建築物は芸術作品でもあり、様々な技術が組み込まれているものです。物語でもSFは文芸の中にさまざまななサイエンスが組み込まれている。とても親和性があると思っています。
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林
物語と建築は近い、というのはその通りで、物語では家やビルがぽつんとあるのではなく、家やビルは都市機能の一部です。都市を書くということは社会を描くことにつながります。どういうインフラがあるのか、そのインフラはどのように維持しなければならないのか、維持する人たちはどんな人たちなのか、を基盤にして物語は構築されます。それは未来や、どこかの惑星を描くときも同じで、まず土地を構想して、そこから社会のグランドデザインを考えて世界観を作って行きます。
清水建設さんの未来構想は、昔から海洋都市もあれば月面都市もある。その当時に発想されたことが、今ではそこに住む人たちも違ってくると思います。都市を設定することでSFはいくらでも膨らむと感じています。 -
岡澤
先ほどTwitterの話が出ましたが、Twitterによる反応がとても良いんです。Webサイトへのアクセスも増えてきました。もっとPRしていきたいですね。SF小説は専門家でなくとも清水建設の技術を感じられるものだと思っています。
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北村
第二期では、第一期で取り上げなかった技術にスポットを当てて欲しいと思いますし、第一期の技術を別の視点で書いてくれる先生もいると思います。
建築は同じテーマでも設計者が変わると同じ建築物にはならないところが小説と似ているように感じますし、そこが楽しみです。 -
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最後に、今後「テクノアイ」はどうなって行くのでしょうか?
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岡澤
「テクノアイ」は、技術の清水建設を代表するブランドメディアに育ちつつあります。認知度を高めて、いろんな人に見て頂きたいと思います。
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北村
「テクノアイ」は技術を伝えるメディアですが、技術の関係者だけでなく、清水建設のファンが増えれてくれるとありがたいです。また、若い人たちが就職先として建設業を考えてくれるよう、清水建設の技術に興味を持ったり、将来の夢を感じ取れるようなメディアにしたい。その意味では日本SF作家クラブさんとのコラボによって、とても力をくれるコンテンツに育ちつつあるので、今後もよろしくお願いします。
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林
日本SF作家クラブとしても、企業と本格的にコラボレーションしたのは、清水建設さんが初めてです。それによって我々が得られた経験はとても大きなものがあります。第二期でも良好な関係を築いていければと思います。こちらこそよろしくお願いします。