さまざまな領域を巻き込み、怒涛の勢いで進化しているモビリティ分野の技術に自動運転があります。実は清水建設もこのムーブメントに参加していることをご存知でしょうか。といっても、自動車メーカーが手がけるものとはひと味もふた味も違います。構内を移動する自動運転車や、建物の中を動き回るロボット、さらにはエレベーターや自動ドアといった設備も含め、すべてまとめて面倒見ましょうという画期的なソリューションなのです。今回はこのプロジェクトに携わるスタッフに話を聞きました。
ゼネコンのスタンスから自動運転車に挑む
このプロジェクトが本格的ににスタートしたのは2018年のこと。それまで10年にわたり、スーパーコンピュータを使った数値流体解析を手がけていた氷室(旧名のフックを以下に称する)が、次は自動運転をテーマにしたいと社内に具申したことがそもそものきっかけでした。
「清水建設に入社したのが2008年。実験や解析およびスーパーコンピュータ利用についてはひと通り経験を積んでおり、これらを土台にして次の新たな領域にチャレンジしていこうと悩んで悩んで考えていました」と話すフックは、以前から人生について10年単位で考えていたといいます。ちょうどその頃、多くの異業種企業が参入して世界的に盛り上がる兆しを見せていたのが自動運転車(自動車+自動運転技術)にまつわるトピックでした。
自動車産業はこの国の基幹産業。その将来を決定づける関連技術の開発が国の重点分野となり、それはインフラや街づくりと切っても切れない関係である。自動運転は新規技術であり、課題・新たな研究開発も山ほどある。多くの異業種の人たちと一緒に協創したり競争したりすれば自身も成長できるはず、ーーそう考えたフックは、セミナー参加などの事前調査を重ね、満を持して社内に構想を持ち込みました。
当初は『ゼネコンなのに自動運転車?』社内では賛否両論がありましたが、多くの有志メンバーに賛同してもらうことができました。フックの構想を聞いた白石は、その時のことを次のように振り返ります。
「自動運転車と建物が連携できるプラットフォームというのは、ゼネコンが今後しばらく取り組むテーマとしておおいにあり得ると思いました。もうひとつ、実は私は自動車をはじめとする乗り物が大好きです。これまで自動車とは縁遠い仕事を続けてきましたが、大手を振って自動車に関連する仕事ができる。これはラッキーだと考えました(笑)」(白石)
こうしてチームを結成してアイディアを出し合ってプロジェクトは走り出しました。
UXデザインの手法を開発に採用
そしてこの頃、一風変わった経歴の持ち主が中途採用で清水建設にやってきました。前職で九州大学の助教を務め、インタラクションデザインの授業も担当していた松本です。シリコンバレーやシンガポールでも研究していたことがある松本は、今後のメディアのあるべき姿を次のように説明します。
「ハードウェアとソフトウェアを組み合わせ、なおかつユーザーのニーズにこたえるウェブアプリのエコシステムを作ることで、この10年余りスマートフォンが普及・発展してきました。この先のメディアは、より空間的なものになると考え、そうしたものを作りたいと思っていました」
松本がプロジェクトに加わったことで、チームは新たな武器を手にすることになります。それはユーザー体験のデザイン(UXデザイン)を取り入れた開発手法。シナリオを設定してユーザー視点からストーリーを組み立て、そのためにはどのような機能が必要になるのかを逆算し、それを満たす技術を開発するという方法です。これについて、白石は次のように評価します。
「従来の課題解決型の研究開発ではなく、このテーマのように新しい価値を生み出すタイプの研究開発で、なおかつ関わる人数が多い場合、誰がどこを目指しているのか、見えにくくなってしまいがちです。でも具体的にストーリーというカタチで見える化し、メンバー間で共有できると、『いつまでにこれをできるようにしよう』と、一気に走り出すことができます」
またフックも「このプロジェクトでは社内外を巻き込んでたくさんの人に協力してもらっています。直近の目標が明確化できるこの方法論を得たことで、全員がゴールを共有し、さまざまな困難を乗り越えることができたと考えています」と話します。
NHKニュースのテレビ取材でデモを披露
チームはまず、技術研究所の構内で自動運転車を走らせる実証実験に取り組みました。技術研究所には敷地内に10棟を超える建物があり、それらは構内道路で結ばれています。この構内道路を人の移動や荷物運搬のために、複数の自動運転車が安全に走行することが目標です。
そのために技術研究所の高精度な3Dマップを用意。さらに建物のBIMデータと自動運転車の位置や走行状態などのデータをクラウド上で連携させ一元管理するシステムを開発しました。このシステムの指示と、構内カメラの映像とAI画像認識を活用することで、自動運転によるユーザーが望む場所への配車や目的地までの走行が実現します。また、自動運転車の到着に合わせて建物のシャッターの開閉を自動制御する技術も検証しました。
チームは異業種協働先とともに、休日を利用して月二回、繰り返し実証試験を行っていましたが、この頃フックは技術研究所の見学に訪れたNHKの記者にこのプロジェクトについてプレゼンを聞いてもらう約束を取り付けていました。
「社内にはまだ『ゼネコンなのに自動運転車?』と疑問視する人は少なくありませんでした。この風向きを変えるには外部からの評価が、テーマ存続のための大きなきっかけになると考えたのです」(フック)
ユーザーの体験を調査し思い描いてシナリオを練り、そのストーリーに基づき必要な機能を開発し、実験で不備を洗い出して精度を高める――松本が持ち込んだUXデザインによる開発はこうしてチーム内に溶け込んでいきました。
果たしてプレゼンの結果、「ゼネコン初の取り組み」としてプロジェクトは正式な取材を受けることが決定。後日の撮影取材では実証実験のデモを見事に実現できました。さらにその様子は全国ネットでオンエアされ、このプロジェクトの初の対外的な発表の場となったのでした。