東日本大震災から丸6年が経過しました。
未だ復興への課題が山積する一方、南海トラフや首都直下地震など、将来、起こるであろう震災への備えも必要とされています。企業においては緊急時に事業活動を継続するためのBCP策定が進められていますが、具体的な体制づくりや実践のノウハウなど、課題は数多くあります。
一企業として、我々はいま何をどう準備すべきなのでしょうか。気象から交通、ライフラインなど緊急時の情報配信サービスを基盤に、危機管理支援事業を展開する株式会社レスキューナウの創立者であり、危機管理コンサルタントとして活躍する市川啓一氏に、お話をうかがいました。
株式会社レスキューナウ危機管理研究所
代表取締役社長 市川 啓一 氏
1964年マレーシアに生まれ、幼少期をチェコスロバキア(当時)で過ごす。成蹊大学経済学部卒業後、日本アイ・ビー・エム勤務を経て2000年に災害情報発信サービスを主体とする株式会社レスキューナウ・ドット・ネット(現レスキューナウ)を設立。24時間365日稼働する危機管理情報センターを設置し、安否確認やガイドラインの策定、対応訓練の実施など法人向け危機管理支援サービスに事業を拡大したレスキューナウでは最高顧問を務めた。現在は、レスキューナウ危機管理研究所代表として、危機管理に関する総合的なアドバイスやコンサルティング業務を展開している。
“見せるBCP”から“機能するBCP”へ
2000年に会社を設立してから17年間、危機管理支援という業務に携わってきましたが、その間、社会あるいは企業の意識も少しずつ変化してきました。
日本語の“TSUNAMI:津波”が世界中で通じる言葉になっているほど、日本は自然災害が多い国です。そのため伝統的に「防災」への意識は高く、インフラをはじめとした防災対策においては世界トップクラスです。一方でBCP(事業継続計画)に対しては後進国と言ってよく、この用語自体、一般に知られるようになったのは、2001年のアメリカ同時多発テロ以降です。
2003年頃には、商社や金融業界が先陣を切ってBCPを取り入れ始めましたが、まだまだ本物ではなく、「防災」の延長としてBCPの考え方を学んでいる段階でした。2008年頃には新型インフルエンザのパンデミックというリスクが出現し、その対策に追われているうちに、2011年に東日本大震災が起こってしまった。その時、BCPをすでに策定済みの大企業でも、震災の現場でそれを役立てた例は、少なかったと思います。なぜなら、多くの大企業が作っていたのは外部の関係者に「BCPはどうなっていますか?」と問われたときに「これです」と示すためのもの、いわば“見せるBCP”だったからです。
そこから一歩進んで、実際に事が起こったときいかにBCPを使いこなし、危機管理を実践していくのか。その命題に気付いたことが、東日本大震災から日本の企業が学んだ一番の教訓といえます。
現在、私はコンサルティングアドバイザーとして、顧客である企業の総合的危機管理サポートに特化した仕事をしています。そこで重きを置いているのが、まさに東日本大震災後の教訓となった、いかにして“機能するBCP”を実現するかという点です。
現実の災害は“想定外”の連続
BCPそのものについては、日本がその概念を取り入れた時点から“作り方”の教科書的なものが存在します。ただ、そこに書かれている従来型のBCP策定のやり方は、最初にリスクを定義するシナリオ型です。まず想定されるリスクありきで、そのとき会社にどんな被害が出るのか影響度分析を行って、対策をマニュアル化していく。ところが現実の災害は、“想定外”の連続です。東日本大震災でも、まさか津波の原発被害で首都の電力供給が止まるなどと、誰も予想しなかったでしょう。だったら、想定を元にしたシナリオ型をやめましょう、というのが私の提案です。
災害時に事業の継続を妨げるのは、何らかのリソースの欠如が原因です。電力がない、物資がない、担当者がいない…ボトルネックが必ず生じる。その欠如点を抽出し、ここが詰まったらどうするかという対策を打つ、つまりリソース分析型・結果重視型のBCPに作り替えるのが、“機能するBCP”の出発点です。なぜボトルネックが起こるのか(=リスクの想定)を考えても、現実に被災したとき役には立ちません。
このような事案では、トップの意志決定が重要となります。BCPは本当に全社的な取り組みですから、現場レベルでは新たな仕様の導入が難しいこともままあります。企業のトップが「シナリオ型をやめよう」と納得し、何が必要かを認識してくださること。それが最もスムーズなBCP改革につながります。
“機能するBCP”の鍵はどこに?
レスキューナウは24時間365日を有人体制で稼働する危機管理情報センター(RIC24※)を設置し、専門家集団による高度な情報配信サービスを提供しています。扱う情報は台風や地震などの気象災害情報から交通障害、ライフラインの現状把握など、多岐にわたっています。企業や自治体の災害対策本部の初動判断を支援するための「災害レポートサービス」や訓練支援、安否確認などのアドバイザリーサービスも充実しています。
こうしたサービスが事業として成り立つのも、災害時に「情報」が大きな力を発揮するからこそ。たとえば多くの企業では災害時に「災害対策本部」を立ち上げると思いますが、ただ震度いくつ以上で本部を立ち上げ誰々が集合する、という決まりを作って役員が顔をそろえるだけでは、意味がありません。災害対策本部とは本来、次の一手を打つための「意思決定」をするところ。そして意思決定をするためには、できるだけ多くの「情報」が必要です。
情報があるのは、災害の現場です。そこで情報を収集し、本部に挙げるチームが必要になります。私はCMT(クライシス・マネジメント・チーム)と呼んでいますが、まずはこの実働部隊を作りなさい、と助言しています。災害は常に突然、起こります。突発事項が次々と起こる中で、いかに組織横断的に意思決定を行っていくかが、被災時のもっとも重要な課題。状況を把握する(情報収集)、本部が決定する、というサイクルの回転数が早ければ早いほど、災害時の初動対応がうまくいきます。
現実に動くための訓練を
機能するBCPを実現するには、4つのステップが必要です。1つめのステップは土台となる体制をつくること。2つめは、手順を作ること。おおまかな指示書やいわゆるマニュアルではなく、現実に動くときの具体的な手順を決めるのがポイントです。3つめが、その手順を実行するために必要なツール作り。情報システムであったり、あるいは現場で使うホワイトボードの様式であったり、些細なようでも具体的に動くために最適なツールを備えることが必要です。4つめは、それらすべてを現実に動かすための「訓練」です。
「訓練」の仕方にもポイントがあり、そこが“機能するBCP”をめざす私の特に強みとするところ、と自負しています。
ここでも重要なのはシナリオ型からの脱却です。日本では、BCP作りと同じように多くがシナリオ型。つまり「震度○の地震によりけが人が○名、A 地点に火災が発生」といった被害を想定して行う場合がほとんどです。「何時何分、地震発生」「○○確認」「よし、次に△△せよ」「了解です」と演劇のように、予定通りなぞっていく。一般の方がイメージする避難訓練は、大方そういったものでしょう。
しかし何度も言うように、想定外のことが次々と起こるのが現実の災害です。シナリオをはずして、想定外の場面も含めて行うからこそ訓練になります。レスキューナウでは多彩な防災訓練メニューを用意していますが、実際にやってみると、ここの人数が足りない、この手順が現実にそぐわない、このツールが足りない、情報が足りなければ本部も意思決定が難しい…というように、そこここにアラが見つかります。見つかったら整備しなおして、再び訓練を行う。そのフィードバックを行ってはじめて、“機能するBCP”をめざすことができます。
自助と共助の力がものを言う
BCPを絵に描いた餅にしないためには、先ほど出てきた4つのステップに基づいて、すべての階層で訓練を行う必要があります。CMTとして状況把握を行う訓練、その情報をもとに本部が意思決定を行う訓練、もちろん各自が消火や心肺蘇生ができるようになるための訓練も必要です。とくに現場での訓練をする際は、私は下図(「災害対応の流れ」)をもとに15分ほどお話をします。日本はいかに自然災害が多いか、現実に被災したとき自助・共助がいかに重要か、だからこそこうして今日、一人ひとりが参加して訓練を行う意味があるのだ、ということを、過去の具体的なデータや事例を示して訴えるのです。
また、震災時に命を守るには、時間軸的また状況的に3つのステージがあります。第一ステージは地震発生から揺れが続いている数分間。第二ステージは揺れがおさまって1時間~数時間。この2つのステージを生き抜くと第三ステージとなり、ライフラインが止まって不自由な生活を強いられる期間となります。これは3日間かもしれないし1週間、2週間…など、ケースバイケースで長さが異なります。
この中で第一ステージと第二ステージはいわゆる「自助・共助・公助」でいう自助・共助の力が大きくものを言います。
第一ステージではまず各人が「死なない」努力をすることが重要です。阪神・淡路大震災では、亡くなった方の8割が発生から14分以内に死亡したという分析があります。火災による死者が多かった印象もありますが、それも怪我をしたり家屋に閉じ込められなどして身動きがとれないために逃げ遅れたから、と考えられます。対策として建物の耐震をきちんとすることももちろん大事ですが、家具を固定したり揺れを感じたらすぐに机の下にもぐるなど、やはり自助が命を守る最重要ポイントになります。
第二ステージでは周囲の被害の状況を把握して安全な場所に避難するなど、一般にイメージする緊急時の対応が必要。周囲の人と協力し助け合うことが不可欠であり、共助の力が求められるステージです。
こうした場面に応じた訓練をすることで実際に“想定外”を疑似体験し、何が必要かを各自が「自分ごと」として自覚することによって、企業全体の危機管理意識が向上することは言うまでもありません。
都心のビルが担う災害時の新たな機能
清水建設本社ビルも、地震などの災害が発生した場合、被災地に対する当社の初動対応の中枢として確実に機能することはもちろん、地域の帰宅困難者を支援する施設としての役割を果たすことが求められています。(写真:帰宅困難者等の一時退避場所となる2階ラウンジ)
詳しくは「都市の防災拠点となるゼロ・カーボンビル」へ
東日本大震災から我々がもう一つ、教訓にしたいことがあります。それは現代のビルが「安全」であるという認識をもつことです。現在の耐震基準に則って新築あるいは建て替え・耐震補強を施した建築物は、安全が確認されています。とくに都市部のビルの多くは、自家発電や備蓄品の整備も進んでおり、先ほど話した第三ステージでライフラインが絶たれた状態を乗り切る機能をもつ場所となっています。これは建築業界の努力による大きな社会貢献でしょう。
しかし、現実には東日本大震災の際にも、地震発生直後にビルの外に飛び出し、かえって危険な状態に身を置いた人々が少なくありません。ビルを有する企業は今一度、災害時の行動について社員に確認を促す必要があるでしょう。
また、そうしたビルの機能を考えるとき、災害時の避難誘導や状況確認(点呼)は社員自身が行わなければなりませんから、その体制を整えておくことも必要です。訓練でも、これはなかなか一度ではうまくできない部分です。ちなみに、状況把握と安否確認は別の問題。事業所、工場、多くの人が集まる商業施設など、条件によっても方法は異なります。さらに、社員の家族に対する危機管理をどう整備するか、といった課題も出てきます。レスキューナウでは安否確認に関するサポートも行っており、それぞれに最適なノウハウを企業と共に考え、提案しています。
今後も“機能するBCP”の構築をめざして、多くの企業と関わって行けたらと思っています。
本ページに記載されている情報は清水建設技術PR誌「テクノアイ13号」から転載したものであり、内容はすべて発行当時のものです。