近年、南海トラフ地震や首都直下地震などの災害の発生が懸念され、その被害規模の大きさが注目を集めています。
このような中、阪神・淡路大震災、東日本大震災などの過去の大災害を参考に、産官学が連携しながら、さまざまな調査、研究が行われています。災害対策や震災後の復興を考えた、災害に強いまちづくりを進めるために、何がポイントになるのか。
震災後の復興支援活動に尽力した日本建築学会・前会長の和田章氏と、土木学会・前会長であり清水建設特別顧問の小野武彦が、意見を交わしました。
東京工業大学 名誉教授
和田 章 氏
1968年 東京工業大学理工学部建築学科卒業、1970年 同大学大学院建築学専攻修士課程修了。工学博士。日建設計にて構造設計・構造解析に携わった後、1982年より東京工業大学、ワシントン大学、マサチューセッツ工科大学ほか、多くの大学で教鞭を執る。日本建築学会構造委員会委員長、国土交通省建設大臣官房建設技術研究開発助成制度評価委員会、防災科学研究所 都市施設の耐震性評価・機能性確保研究運営委員会委員長などを歴任。2011年6月~2013年5月、一般社団法人日本建築学会会長。2011年より東京工業大学名誉教授(現職)、日本学術会議会員、2013年11月 国際構造工学会(IABSE)副会長に就任。
清水建設株式会社 特別顧問
小野 武彦 氏
1968年 北海道大学土木工学科卒業。同年、清水建設入社。2000年 執行役員北海道支店長、2004年 常務執行役員土木事業本部営業本部長、2006年 取締役専務執行役員土木事業本部長、2007年 代表取締役専務執行役員土木担当・土木事業本部長、2008年 代表取締役副社長、2012年 特別顧問(現職)。土木学会では吉田賞選考委員会委員、理事、副会長、建設マネジメント委員会副委員長等を歴任。2012年6月〜2013年6月、同学会会長。会長在任中に「100周年事業実行委員会」の設置や学会の財政基盤の強化に努めた。
震災後の学会活動と産官学連携
震災直後から調査・研究を開始、提言と報告を都度発表
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和田
日本建築学会では、さかのぼれば、関東大震災後の調査や復興計画を地域ごとに分担して行った経験があります。それを踏まえ、10年ほど前から、巨大地震に備えた研究調査復興支援チームづくりを始めていました。
その甲斐あって、本学会では震災当日に「東日本大震災調査復興支援本部」をすぐに立ち上げ、現地調査・復興支援を行っています。私が会長に就任したのは震災から3か月後の6月で、翌7月末に調査報告書を発行し、今後検討すべき内容を第一次(2011年9月)、第二次(2013年5月)の提言として発表してきました。 -
小野
私は、復興活動が本格化した2012年6月から1年間、会長職を務めました。土木学会でも震災当日に「東日本大震災特別委員会」を設置し、調査、研究、提言を繰り返し行ってきました。
2013年3月にはそれらをまとめ、シンポジウムで公表しました。一連の取り組みにおける土木学会の特徴は、その組織体制にあります。10の特定テーマ委員会を立ち上げましたが、調査は合同で行いました。
寝食を共にして意見を交わし、その後もいろいろな議論を進めたことが、専門技術者同士の連携をさらに強めることにつながったと思います。 -
和田
私は建築の構造分野が専門なので、土木工学の方々とも接点が多いのですが、以前から土木の方々はチームワークがいいな、という印象を持っています。
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小野
土木学会は、産官学合わせて約38,000の個人会員と400の法人会員で構成されており、もともと、官と民、研究者と現場の人間とが一緒に議論してきたので、有事の際にも連携しやすい土壌があるのだと思います。それでも今回の震災では改めて、会員同士のつながりや専門分野などを超えた連携の大切さを強く感じました。
学会共同での報告書も作成中、連携したシンポジウムも開催
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小野
土木学会では2012年度末で東日本大震災特別委員会の活動を終了し、その後「東日本大震災フォローアップ委員会」と「社会安全推進プラットフォーム」を立ち上げて、同様の活動を続けています。
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和田
災害が起きたら調査をする、報告書を書くというのは、現職者が成すべき大事な責務です。昔から誰もがやってきたことですが、100年後、200年後の設計者や技術者、行政の担当者にとって、当時はどうだったかという記録が大きな参考になります。現在、土木学会と日本建築学会などの8学会が共同で、震災調査の報告書をまとめていることは未来への遺産づくりです。
また、2013年3月には日本建築学会の主催で「東日本大震災2周年シンポジウム」を開催しました。後援として、国土交通省や土木学会、日本建設業連合会、日本建築家協会、日本都市計画学会、農村計画学会など、多数の学会、協会にご協力いただき、復旧復興支援の課題と行動方針について、盛んな議論が交わされました。小野顧問にも御講演をお願いしました。
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小野
そうした産官学の連携があるからこそ、日本の社会資本はここまで整備されてきたのだと思います。特に建築分野と土木分野は、今後ますます関係を強化していく必要があると感じています。
今後は具体的な地域や事象を想定した対策の議論と研究が必要
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小野
日本は自然災害の多い国で、近年の巨大地震だけでも、阪神・淡路大震災、新潟中越地震、そして東日本大震災と、非常に大きな痛手を受けてきました。しかし、その都度得た教訓と知見を活かして法律を整備し、地震や防災に関する技術開発を推進してきました。
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和田
1978年の宮城県沖地震以降、鉄筋コンクリート構造物に対しての基準を見直し、耐震技術を高めてきた結果、今回の震災では地震動による建物自体の被害は少ないものでした。その反面、津波災害は甚大でした。
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小野
その反省を踏まえて、地震だけでなく、津波や液状化、火災、強風などにおける防災と減災の具体的な対策を改めていかなければなりませんね。施設や道路、トンネル、橋といったハード面の対策とICT(情報通信技術)を用いたソフト面の対策の両立、そしてそれらを実行できる技術者の育成が必要だと思います。
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和田
そういう動きにつながるのが、日本学術会議における震災への学会連携の取り組みです。同連携には、土木や建築はもちろん、機械や原子力、地震工学、医学、こども環境、災害情報、都市計画、経済、地域研究など、多様な分野から約30の学会が参加しています。震災に関しては、2011年12月に第1回目のシンポジウムを行い、2013年末時点で9回を数えました。
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小野
この取り組みは非常に有意義です。私も参加しましたが、各学会の活動を照らし合わせると、互いに研究分野が重なっている箇所があることに気付きました。そうすると、自然と「協働しましょう」という流れができますよね。
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和田
震災復興は、土木や建築などの技術面だけでは解決できない問題がたくさんあります。例えば、被災者の方々の心の問題、被災地での教育や福祉、経済の問題、弱者救済のための法律など。それらについて、多様な視点から調査、報告し合うことで、復興支援につなげようと活動を続けています。
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小野
今はまだ総論をまとめている段階ですが、今後はスピードアップして、具体的な各論について議論を進めていきたいところですね。
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和田
同感です。例えば、「Aという地域のBという港を守るためにどうしたらよいか」という個別かつ多様な研究があとあと役に立つときが来るという認識を、関係者一人ひとりが持つことが理想ですね。それには「君の理論ではこの地域をどうしたらいいと思うか?」と問いかけて、具体的な地域の問題に落とし込んでの議論が必要だと、先日も研究仲間と話したばかりです。
震災後の学会活動と産官学連携
地域の特性や自助・共助・公助を加味した建物とインフラの整備を
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小野
例えば、南海トラフ地震や首都直下地震が発生した場合、被害を受ける地域は日本を代表する産業や政府機能が集中する場所です。被災すれば国際社会規模での問題になる。老朽化した各種インフラの更新や企業のBCP対策の強化など、事前にすべき対策はたくさん考えられます。
その中でも私は、地域ごとに自助(個人や家族で行う備えと対策)・共助(近隣同士で協力して取り組む備えと対策)・公助(行政機関やライフライン各社による対策や支援)の内容を明確化していくことが一番大切だと思います。被災時にこの3つが整っていれば、被害を最小限に留めて、生活を継続できるのではないでしょうか。
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和田
2013年5月に政府の中央防災会議から、家庭における事前の防災対策として、「1週間分以上の水や食料の備蓄が必要」という提言が発表されました。これは自助の目安です。仮に将来、地震予知の精度が上がり、「いつ頃に地震が来て、ここが揺れて、ここに津波が来ます」という情報が得られたとしても、それで安心、というのは防災の正解ではないでしょう。やはり第一に取り組むべきは、自分が住む場所や働く場所に合った身の周りの対策だと思います。
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小野
その通りですね。土木学会では、2年前から「安全な国土への再設計」プロジェクトを立ち上げました。国内8つの支部で、行政と大学を中心に、地域の会員が一緒になって、各地域の特性を踏まえた災害対策を検討しています。例えば、九州なら活火山の噴火への対応、四国や中部地方なら南海トラフ地震と津波による複合災害への対応というように、地域それぞれにマッチした対策をできるだけ多くの人と考えながら、地域全体の災害に対する意識を高めよう、というのが目的です。
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和田
まちづくりに対する建築のポイントでは、自助・共助・公助のあり方を視野に入れながら、まち全体の安全を考えて、1つひとつの建物を設計することです。これからの建物は、災害時に骨組みさえ壊れなければそれでよいでは済みません。天井が落ちたり、床上床下に水が入ったり、電気設備が壊れれば、建物の機能が失われ、その建物での事業継続、生活継続ができなくなるからです。災害後も建物の機能が活きていれば、まちの機能の維持につながり、復旧も早く進むはずです。
震災復興はコミュニティの将来を視野に入れてスピーディに進めるべき
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小野
被災地で復興事業が続く中、そこに住む人たちのコミュニティをどう再建するかが、依然として課題です。新しいまちが完成するまでには、時間の経過も社会状況の変化もある。やむなく別の場所へ移り住んだ人たちの帰村率がどうなるのか。そうした点も含めて、整備事業を進めながら、地域やコミュニティのあり方、将来像を考えていくべきだと思います。
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和田
私自身は、今回の復興はゆっくり過ぎると思っています。土地を造成して、住宅や防潮堤をつくって、所有権の話をしてと、ゼロからのまちづくりですから、時間も労力もかかるでしょう。ただ、このペースでは、子どもたちが卒業まで仮設の校舎で過ごすことになりかねないのではと危惧しています。震災から3年経つのに、復興を目指す地域にまだ仮設の建物があり、復興住宅の建設はあまり進んでいないのは、建築に携わる身としてとても口惜しいです。
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小野
地域の合意形成が進まないことが、その一因ではないでしょうか。例えば、防災計画の指針が示されても、地域の実情に合わなければ、住民の合意は得られません。だからこそ、先に紹介した「安全な国土への再設計」プロジェクトのように、地域に合った対策を事前に検討しておくことが大切です。同時に、有事における行政のあり方も今後の課題ですね。
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和田
本設の住宅や施設の整備に関しては、国や自治体がもっと強く推し進めてもよいのではと思います。人が、仮設住宅ではなく、本設の建物に住んで暮らしてこそ”まち“なのですから。そのイメージを持ち続けることを関係者にお願いしつつ、復興事業が少しでもスピードアップするよう、私自身も多方面と連携し、調査と報告を続けていきます。
「建物とコミュニティ・防災」のこれから
防災意識が高まっている今こそ、具体的対策の提案を推進していく
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和田
建物とコミュニティという関係性を考えた場合、建築に携わる人間として言えるのは、まちや住宅をつくって提供すれば終わり、あるいは、被災地に元の地域社会をそのまま再現すれば解決、ではないということです。
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小野
そうですね。先に話した自助・共助・公助の中でも、とりわけ共助は地域住民同士のつながりが密なほど、大きな力を発揮するでしょう。今回の震災の直後には、東京という大都会でさえ、多少なりとも以前よりは、近所の人を気にするようになりました。小さな気付きかもしれませんが、コミュニティ活性化への確かな一歩だと思います。
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和田
建築や土木の技術、防災に関する技術は、これからもどんどん進化していくことでしょう。それに合わせて、私たち自身も個人単位、地域単位で、防災への取り組み方を高度化していかなければなりません。コミュニティを活性化する手立てを考えるのはもちろん、自助の備えをより充実させたり、公助がすぐに届くよう法律を整えたりと。想定される災害に対して、常に一歩先の対策を考えることが大事だと思います。
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小野
今回の震災を通じて、多くの人が、災害時における自分の会社や地域の対策、動きを知り、被災時にどう行動すべきかを考えられるようになったと思います。
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和田
多くの人の防災意識が高まっている今、どれだけ具体的な防災の提案ができるか。それが、今の建築分野と土木分野に課せられた使命でしょう。
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小野
私もそう思います。今日は貴重なお話をありがとうございました。
本ページに記載されている情報やPDFは清水建設技術PR誌「テクノアイ9号(2014年3月発行)」から転載したものであり、内容はすべて発行当時のものです。