2010年を境に超高齢社会に突入した日本。それに伴う社会保障費や医療費の増加が、大きな問題となっているのは周知の事実です。
しかし、高齢化しているのは人だけではありません。私達の生活を支える建物や道路もまた年月を重ねており、目に見えて老朽化が進んでいます。補修・補強に莫大なコストと手間がかかるインフラの高齢化問題に、いかに立ち向かうか?
清水建設が新たに開発した「タフネスコート」は、この命題に対するひとつの答えになりそうです。
建物にも「未病」の考え方を
清水建設 土木技術本部開発機械部 輿石 正己
日本国内には約10,000本もの道路トンネルがあるとされており、2033年にはその半数が建築後50年を経過します。
これらのトンネルではすでに老朽化にともなったコンクリート片の剥落事故が発生するなど、早急な対策が求められています。
こうした問題の解決策として、輿石(こしいし)を中心とするチームが開発したのが「タフネスコート」です。
「タフネスコート」は「ポリウレア樹脂」をコンクリート構造物に吹き付けて表面を薄く覆うことで、「落ちない(剥落防止)」「漏水しない(保水性向上)」「劣化しない(耐久性向上)」「倒れない(衝撃性能向上)」の4機能を向上させる全く新しい工法です。“よく伸びて裂けにくいラップで建物を覆うようなもの”といえば、イメージしやすいでしょうか?食材を守るラップ同様、毒性もないため安全性も申し分ありません。
既存の建物やインフラの強度を甦らせることができる「タフネスコート」が、例えばトンネル覆工やマンション壁面からのコンクリートの剥落による事故、地震発生時における防火水槽からの漏水による消火活動の遅れといった二次災害の防止に役立つことは間違いありません。
壊れてからでは遅い。しかし、補修・補強をしたり、新たに作り直すには人手も費用も足りない―。
そんなジレンマを抱える我が国にとって、手間もかからずコストも安い「タフネスコート」が魅力的な解決策となるのは間違いありません。
きっかけは東日本大震災での気づき
当社では、以前から「ポリウレア樹脂」をコンクリート構造物の補強に適用できないかと検討していました。その可能性が確信に変わったのが、2011年に発生した東日本大震災です。
サケ・マス養殖施設は津波に飲み込まれたが、倒壊を免れた上に損傷も少なかった
津波被害を受けた岩手県野田村のサケ・マス養殖施設において「ポリウレア樹脂」で防水措置を施した水槽だけが、軽トラックや岩塊などに衝突されたにもかかわらず、崩壊を免れていたのです。この事実に着目し、開発チームは実用化に向けた本格的な研究を開始します。
「ポリウレア樹脂」自体は約20年前から、貯水槽などの防水加工に使われていたものの、その潜在能力については正しく検証されていませんでした。
実験では約1.5kN(150kg)もの荷重がかかってもトンネル壁面が剥落しないことや、コンクリート構造体に約10mmもの亀裂が入っても漏水しないこと、紫外線や塩害、凍害の予想される地域においても20〜30年は効果を保持できることなどが明らかになりました。
さらに、数々の実験を通じて効果を最大限発揮する2液(ポリイソシアネート、ポリアミン)の配合比率や、適切な外気温、吹付け時の手順なども見えてきました。
「ポリウレア樹脂」は、輿石たちの研究によってその真価と、それを発揮するための手段が確立され、「タフネスコート」という新たな工法として生まれ変わったのです。
「自社に研究施設があり、エンジニアリングに強みを持つ清水建設だからできたこと」と、この成果に輿石も胸を張ります。
将来、起こりうる震災に備えて
「まずは防火水槽など、災害時のライフラインが最優先でしょう」と輿石は先を見据えます。
阪神淡路大震災では、防火水槽からの漏水によって消火活動が遅れ、火災が広がってしまったという教訓があるためです。
現在、日本には約53万※1もの防火水槽があり、その補修・補強が多くの命を救うことにつながることは間違いありません。また、トンネルや高架橋を補強することは、救助や補給に必要なライフラインを守るうえで、大きな役割を果たすことになるでしょう。
次のミッションは「タフネスコート」を、より多くの補修・補強工事に役立ててもらうこと。輿石たちの挑戦は、まだ始まったばかりです。
総務省消防庁 平成29年版 消防白書