2023.02.06

先端技術探訪

揺れる大地に抗い続ける人間の知恵

揺れる大地に抗い続ける人間の知恵

世の中で怖ろしいものを順番に並べると「地震、雷、火事、親父」となるそうです。令和の今、親父が怖いかどうかはさておき、昔から地震は人が怖れる天災の筆頭だったようです。今回は地震と、それに対策する建物の技術にまつわるお話です。

地震慣れしている日本人

太古の昔から私たちを襲ってきた天災の代表格、地震。なんの前触れもなく、突然大地が揺れ動き、ときには立っていられなくなるほど揺さぶられるのですから、地震の少ない国からやって来た人が恐怖にとらわれ、パニックになってしまうのも無理もありません。

日本に来て、就寝中に初めて地震を体験したスペインのある男性は、友人がベッドを揺らしていると思ったそう。大声で「いたずらするな!」と叫び、部屋には自分ひとりしかいないと気づいたときに、はじめて地震だと把握できたといいます。世界的に地震が少ない地で暮らす人々の中には人生で一度も地震に遭遇せずに済む人も少なくないのでしょう。

その点、我々日本人は昔から地震とともに暮らしてきたせいか、地震慣れしているようです。なにしろ日本およびその周辺で、人間のからだに感じる地震(震度1以上の有感地震)は、1年間に1,000~2,000回程度もあるという土地柄ですから、それもやむなしといったところでしょうか。

かつての日本では地震を「なゐふる」(ないふる)と称していました。「なゐ」は大地を意味し、「ふる」は文字どおり“震える”ということで、奈良時代に著されたとされる日本書紀にもこの語句による地震の記述があります。ちなみに(公社)日本地震学会の広報誌の名称も「なゐふる」というそうです。

1300年以上も揺れをいなしてきた五重塔

いくら地震慣れしているとはいえ、身は守らなければなりませんし、そんな場所に建物を作るとなれば、地震対策も発達するというもの。世界最古の木造塔とされる法隆寺の五重塔は、今から1300年以上前に建立されました。それから現在まで、マグニチュード7.0クラスの地震に40回以上も遭遇しているそうですが、いまだにその雄姿は健在です。地震に強い構造の全貌は未だに明らかになっていないのだとか。ひとついえるとするなら、地震に強い建物を作るのなら、揺れに対抗して建物を頑強にするのではなく揺れを「いなす」考え方や技術が有効ということを昔の人は感じ取り、そのための方法論を模索してきたということになるでしょうか。

そのひとつとされるのが「心柱」と呼ばれるもの。柱とついていますが、実際に支えているのは最上部の金属の飾り「相輪」だけで、建物全体を支えているわけではないそうです。五重塔は五階建ての塔に見えますが、実は吹き抜け木造1階建てに5層の屋根がついている建物。屋根を支える柱は心柱とは別にあり、屋根同士もしっかり結合されているわけではないため、地震が起きたときには各階がバラバラの方向に動きます。さらに、最上部に重い相輪を載せた心柱は塔本体とは全く異なる動きをしつつ、本体頂部で繋がっているので、塔本体の揺れを抑制する効果を持つと考えられます。

現代の制振技術には屋上や最上階に錘を設置して、錘の動きを建物の揺れを抑える方向に作用させることで建物全体の揺れを小さくするというものがありますが、五重塔もそれに似ているのかもしれません。昔の人の知恵には素晴らしいものがあります。

さらに効率よく揺れを「いなす」ために

揺れるのは地面なのだから、地面と建物を切り離してしまえばよいという考え方もあります。それが「免震」で、地面と建物の間の基礎部分に免震層と呼ばれるしなやかな部分を設けて、地面の揺れを建物に伝わりにくくする考え方です。

現代の耐震技術は、前述の制振と免震を組み合わせ、より効果的に揺れを抑えることを目指しているものが多いようです。清水建設が2015年に開発した「スイングセーバー」も、免震と制振を組み合わせた方法論のひとつ。免震構造の建物の真ん中に、入れ子のように耐震構造の建物(コア)を内包し、制振部材で連結しています。地震が起きると免震構造の建物はゆっくり大きく揺れるのに対し、耐震構造のコアは短い周期で揺れ、両者の揺れの違いが地震のエネルギーを打ち消し合うことを狙ったものです。

さらに2022年には「BILMUS」という画期的な技術も登場しました。通常は建物の基礎部分に設定する免震層を建物の途中に設けることで、下層部は制振構造、上層部は免震構造になっているのに加え、上層部は下層部の制振の錘として機能して、より効率よく揺れを抑えるようになっているのです。今の人の知恵もなかなかなものだと思いませんか。

ところで、建物を空中に浮かべることができれば、完全な免震が実現するわけですが、今のところはまだちょっと無理そう。ここは未来の人の知恵に期待しましょう。

野崎 優彦
さまざまな企業のコミュニケーション活動をお手伝いしているコピーライター。株式会社モーク・ツー所属。