2023.01.23

開発者ストーリー

ビル全体を制振装置化し地震時の揺れを半減する「BILMUS」

耐震、免震、制振に続く、第4の構造システム具現化への挑戦

全世界のマグニチュード6.0以上の地震のうち、20%が日本周辺で発生しているというデータ※1があります。清水建設ではこれまでにも数々の地震対策を開発してきましたが、このほど、ユニークで先進的な制振構造システムが超高層ビルに採用されることになりました。ベースとなっているのは、建物自身の重さで揺れを抑えるという、実に画期的なコンセプト。その実現に挑んだ技術者たちに話を聞きました。

左から建築総本部 設計本部 構造設計部2部 佐藤 宏、同 構造計画・開発部 設計長 牛坂 伸也、技術研究所 安全安心技術センター 免震・制振グループ 吉田 直人
左から建築総本部 設計本部 構造設計部2部 佐藤 宏、同 構造計画・開発部 設計長 牛坂 伸也、
技術研究所 安全安心技術センター 免震・制振グループ 吉田 直人

出典:(一社)国土技術研究センター 国土を知る / 意外と知らない日本の国土

建物自体が制振装置となる

建物の地震への備えには大きく3つの種類があります。ひとつは建物の強度を上げて揺れに耐える「耐震」。もうひとつが地盤と建物を構造的に分離させて建物に揺れを伝わりにくくする「免震」。さらに地震のエネルギーを吸収するダンパーや錘などを設置し、地震の揺れを抑える「制振」があります。3.11以降の耐震要求性能の高まりとともに、制振装置が大型化し数も増えると、建設コスト増加や居室有効面積の圧迫など、建物価値への影響につながることから、技術のブレークスルーが求められていました。

今回開発された技術は、建物を上下二つのブロックに分けて、その連結部分に積層ゴムやオイルダンパーで構成する連結部を設けることで、上下の層が互いの揺れを打ち消すように制御するというもの。つまり建物自体を錘(おもり)とした制振装置となるような構造を成立させたのです。その名も「BILMUS(ビルマス)」。建物重量を意味する「ビルディング・マス(Building Mass) 」をヒントに「高性能(Celsus)」「頑強性(Robust)」を組み合わせて名付けられました。

BILMUSの同調理論の構築や風応答解析を担当したほか、技術開発全般に関与した牛坂
BILMUSの同調理論の構築や風応答解析を担当したほか、技術開発全般に関与した牛坂

開発を主導したひとり、牛坂伸也は学生時代の修士論文でBILMUSのベースとなるテーマに取り組み、(一社)日本免震構造協会の優秀修士論文賞を受賞しています。

「建物自体を制振装置として活用する考え方は以前からあるものですが、これを具現化してこの規模の超高層ビルに大々的に適用するというのは前例のないこと。そのための新たな構造システムの技術開発が今回のチャレンジです」(牛坂)

芝浦プロジェクトS棟において構造設計を担当しBILMUS採用の推進役となった佐藤
芝浦プロジェクトS棟において構造設計を担当しBILMUS採用の推進役となった佐藤

シミズ・スイングマスダンパーを取り入れた超高層ビルを設計した際に、建物自体の重さを錘として活用したら、より効率よく揺れを抑制できるのではとスタディをしたことがあります」

このように開発の経緯を振り返るのはBILMUSが採用された「芝浦プロジェクト※2」S棟の構造設計を担当した佐藤宏。最初は上司と二人で始めたものが、牛坂のような専門家も巻き込んで、最終的には構造設計系だけでも40名以上が関わる一大プロジェクトになったといいます。

芝浦プロジェクト
野村不動産(株)と東日本旅客鉄道(株)が進める大規模複合開発。S棟は、地上43階、高さ約235mの超高層で、用途・構造は1階~34階が鉄骨造のオフィス・商業施設、35階以上が鉄骨造(コアウォールは鉄筋コンクリート造)のホテル

上層階と下層階は構造的に独立しており、免震層を介して連結されている
上層階と下層階は構造的に独立しており、免震層を介して連結されている
上層階と下層階が互いの揺れを打ち消すように動くことで揺れを抑える
上層階と下層階が互いの揺れを打ち消すように動くことで揺れを抑える
一般的な超高層ビルとBILMUSの揺れの収まり方のイメージ
一般的な超高層ビルとBILMUSの揺れの収まり方のイメージ

地震にはしなやかに、風には堅固に対応する

BILMUSの開発に際して苦労したポイントは、風対策だったと牛坂は明かします。

「芝浦プロジェクトS棟では地上170mのところに設けた連結部が、地震発生時には変形して揺れを吸収できるようになっているのですが、風で大きく変形すると連結部を貫通するエレベーターが止まってしまう可能性があるのです」(牛坂)

芝浦プロジェクトS棟の上層部にはラグジュアリークラスのホテルが入ることが決まっており、たびたびエレベーターが止まってしまうことは許されません。地震にはしなやかに変形しつつ、風では変形しないという相反する挙動を実現する必要があったのです。

この課題解決のために、「ウィンドロック」という耐風ロック装置が開発されました。これは油圧ジャッキを用いたシステムで、強風を感知すると下層階から自動的にジャッキ部分が伸長し、上層階に摩擦板を押し付けて連結部を固定します。

エレベーターの運行を妨げないよう、強風時に連結部の変形を抑えるウィンドロック
エレベーターの運行を妨げないよう、強風時に連結部の変形を抑えるウィンドロック

また、想定外の大地震による過大な変形を防ぐために「eクッション」という安全装置も開発されました。クッション部分にリサイクル材のゴムチップを使用してストッパーの役割を果たすものです。

上層階と下層階の変形の物理的なストッパーとなるeクッション
上層階と下層階の変形の物理的なストッパーとなるeクッション

すべてが前例のないチャレンジで「なぜか毎週金曜の夜に問題が発覚しました」と笑いながら振り返る佐藤。ターニングポイントになったのは、半年以上の検討を経て設計方針を固めたことだったといいます。

「ここ20年で観測された地震のうち、3.11を除く地震ではエレベーターを止めないということを基本に、小さな地震では免震層の動きを抑え、大きな地震のときは上層階を揺らすことで建物全体を損傷させないと決めました。この方針に則ってすべてをチューニングしていきました」(佐藤)

下層階の制振装置を200台以上削減

先端地震防災研究棟の大型振動台「E-Beetle」での振動実験などを通じてBILMUSの性能検証に貢献した吉田
先端地震防災研究棟の大型振動台「E-Beetle」での振動実験などを通じてBILMUSの性能検証に貢献した吉田

全く新しいコンセプトの制振システムをお客様に認めてもらうことに力を注ぐ一方、技術研究所の吉田直人は、実験を通じてBILMUSの有効性・安全性などを示すデータ収集に尽力しました。

「牛坂さん、佐藤さんと連携し、技術研究所の大型振動台『E-Beetle』での6層模型を用いた振動実験をはじめ、ウィンドロックの性能検証実験を担当しました。技研では、ほかにも風洞実験棟での弾性振動模型実験や、eクッションの加力試験を行っています」(吉田)

南海トラフの長周期地震動(KA1)を想定した6層模型による振動実験
南海トラフの長周期地震動(KA1)を想定した6層模型による振動実験

吉田はウィンドロックの制御システムの開発も担当し、大きな課題だった風対策にも貢献しています。

これら数々の技術と実験の集積として成立したBILMUS。芝浦プロジェクトS棟を従来の制振構造で建てる場合と比較すると、下層階の制振装置を200台以上、鉄骨数量を1500t以上も削減するというコスト低減効果も発揮できるように仕上がったのです。

BILMUSは耐震、免震、制振に続く、第4の構造システムと牛坂は話します。

「耐震は揺れに力で耐える、免震は揺れの周期をずらす、制振は揺れをエネルギー吸収して抑えるのに対し、BILMUSは建物自体が自らの揺れを打ち消すという、これまでとはまったく異なる考え方に基づいているからです」(牛坂)

今回のBILMUS開発で得られた知識と経験をベースに、すでに牛坂にはBILMUS進化の姿が見えているようです。

「架構の柱梁の剛性調整のみで上層階と下層階の同調を実現する架構システムが考えられます。積層ゴムなどによる柔層の連結部が不要になり、風とエレベーターの問題が回避できるようになれば、300mを超える超高層建物をはじめ、より多様な構造物へのBILMUS適用が可能になるはずです」(牛坂)

また、吉田はBILMUSを採用したビルの頂上部にAMD(アクティブ・マス・ダンパー)を設置し、より積極的に揺れを打ち消す構造も考えているとのこと。

「すでにBILMUSに適したAMD制御手法の開発と検証実験に着手しています。芝浦プロジェクトS棟が竣工したら、BILMUSの動作やウィンドロックの作動状況など、データが集まるはず。それを活用して次なる制振システムを考えたいです」(吉田)

最後に佐藤はこのプロジェクトを総括して次のように話しました。

「今回の案件では、連結部の設計やウィンドロックなどBILMUSとして新規開発した技術と既存の制振技術を組み合わせることで、機能性、居住性、安全性、さらに経済性のいずれも高い次元でバランスさせることができたと自負しています。次はもちろん、これを超えることが目標です」

超高層ビルの構造システムに新たな道筋を拓いたBILMUS。ゆくゆくは超高層ビルの地震対策構造システムのスタンダードとして広く採用され、地震に強く安心して利用できるビルやマンション、施設を増やすことに貢献していくはずです。