2021.11.24

建設的な未来(日本SF作家クラブ)

コラボレーション企画
建設的な未来

で、気がつくといつの間にか、婚活パーティは終わり、あたしはこのひとと二人でどっかのバーにいた。

「みずほちゃん、飲み過ぎだって。あなた、そんなにお酒強くないんだろ? まあ、3万円の元をとりたかったのは判るんだけれど、あんなにシャンパンぐいぐい飲んじゃって」

「んー? 和田さん、何だってあたしの名前知ってんの?」

「もお・・・。名乗ったじゃない、何回も。飲み過ぎだよ、ほんと」

 そういえば、いつの間にかあたし、この人の名前が和田さんだって知ってるよなー。 

「でも、和田さんだって言ったじゃない。あたしが折り紙作家だって言ったら、『それは職業なんですか?』って」

「いや、だから、ごめんって。悪かったって」

「いや、悪くない。みんなそう言うんだよなー。けどさあ、作曲家とか彫刻家とかが職業なら、折り紙作家だっていていいじゃん。喰っていけなさ加減は、彫刻家だってかなりのもんだと思うよ?」

このあたしの台詞に対して、和田さん、んーって顔になる。こんな表情を作るひとのことも、あたし、よく知っている。

「彫刻なんかに較べて、折り紙って子供騙しだと思ってるでしょう」

「いや、そんなことは」

「弁解しなくていいから。みんなそう思うんだよねー。実際、あたしがこの道を志したきっかけだって、ある意味子供騙しだったし」

「・・・って?」

「騙し舟って、知ってる?」

ここで和田さん、ぶんぶんぶんって首を振る。でも・・・多分、和田さんも、知っていると思うんだよね。

「子供の頃、おばあちゃんに折り紙を習ったの。帆掛け舟をね、おばあちゃんが作って、その、帆の部分を、あたしが指ではさんで、そしたらおばあちゃんに、『みずほ、目を瞑ってごらん』って言われて、目を瞑った。多分、1秒くらいで、おばあちゃんが『目を開けて』って言って、目を開けたら、あたしが持っているのは、何故か、帆じゃなくて舟の先の方の部分だった」

「あ・・・ああ、あれっ!」

そうだよね。この舟のこと、子供の頃、保育園や何やで経験したひとは、結構いると思うんだ。ただ、みんな、“騙し舟”っていう名前を知らないだけで。

「子供だったからねー、あれがほんとに不思議で不思議で。で、折り紙にはまっちゃったんだよね。したら、折り紙って、凄いの。何たって、不必要な処を結構折ったりするの」

「・・・?」

それのどこが凄いんだ。あきらかに和田さんはそう思っている。でも。

「例えば鶴を折るんでもね、手が慣れていない時には、まったくいらない処をいくつも折るんだよ。それは本当にいらない手数なんだけれど、慣れていない時これがあると、その後の作業がすっごく楽になる訳。余計な手数が、気がつくと鶴を折る為のガイドラインになっているのね」

「・・・成程」

「で、もっと凄いのは、折り紙の技法。知ってた? 伝統的な折り紙って、のりと鋏を使わないんだよ」

「・・・えと?」

「あれはね、紙を使って、カット&ペーストをしない文化なの。ここで鋏をいれれば簡単にこの形作れる、それが判っているのに鋏をいれず、折るだけで切れているような状態へもってゆく。のりがあれば接着なんて一発なのに、なのに絶対にのりを使わず、折り込むだけで接着してしまう文化」

「・・・そんなこと・・・できるのか・・・?」

「できます。それが、折り紙です」

ふふふふふん、なんかあたし、自分の手柄でもないのに胸はってしまう。

「ほんっと、折り紙って、日本が誇っていい文化だと思うんだ」

 この後。多分。和田さんは、もの凄い勢いでしゃべりだした。紙の持つ可能性について。紙の将来について。只今自分が開発している、まったく新しい紙について。

で、あたしは、ふんふんって聞きながら・・・実は、この辺の処から・・・記憶が、ない。

翌日。もう、壮絶な二日酔いがあたしを襲った。

あああー、いくら元をとる為とはいえ、あたし、どんだけシャンパンを飲んだんだ?

お酒は控えめに。人生において、何十回目か判らない言葉を、あたし、自分で自分に言い聞かせる。んでもって、この教訓は、多分生きないだろうなあって、自分で判っているのが最低。

とはいうものの、日々の仕事に復帰して・・・そして、2週間がたつ頃。あたしはいきなり、和紙を作っているあたしの師匠に呼ばれたのだ。

「ごめん、高木さん。みずほって名前でうちの工房にいて、創作折り紙やってるのは高木さんだけだと思うから、これはあなた宛に来たオファーだと思うんだけれど・・・」

って、何だ。

「いや、みずほって名前の折り紙作家がいる、そのひとを探したい、そのひとにオファーがある。どうもそのひとは和紙を作っている処にいるみたいだ、仲間うちにこんな連絡が来て・・・で、僕としては、この“みずほ”っていうひとはあなただと思ったんだが・・・」

・・・それは・・・多分、あたし、だ。で、あたしが頷いた処、いきなり和田さんと連絡がついてしまった。

「いや、名字を聞かなかったのが痛恨。みずほちゃんを捜し当てるのに、まさかこんなに時間がかかるとは」

「・・・あの・・・和田さん、何を?」

「言ったでしょう。僕は紙を使った仕事をしている。今、新しい仕事に取りかかっている。そして、僕の仕事に、多分、あなたがやっていることは、参考になる。そう思った」

「・・・?」

「僕がやっている新しい紙の開発。これには、みずほちゃんの紙に対する技術が必要になる側面があると思う。余計な処を折る技術。それにより、後の工程を省略できる技術。こういうの、僕は知りたい」

電話の向こうで。和田さんが笑っているのが判るような気がした。

「そういう意味で、また、お茶しませんか? というか、して欲しいです」

 この笑いは。あたしが持っている技術についてなのかなあ、違うような気もするなあ、ということは、婚活パーティ、ある意味、成功したのかも・・・なあ?

・・・しょうがないから、あたしも、ちょっと、笑ってみた。

ショートショート
新井 素子(あらい もとこ)
1960年 東京都練馬区生まれ。
1978年 第1回奇想天外SF新人賞に応募した「あたしの中の……」が佳作入選。
     高校2年生という若さでデビューを果たす。
1981年 『グリーン・レクイエム』で第12回星雲賞日本短編部門を受賞。
1982年 『ネプチューン』で第13回星雲賞日本短編部門を受賞
1999年 『チグリスとユーフラテス』で第20回日本SF大賞を受賞している。
イラスト
海野 螢(うんの ほたる)
東京都出身。漫画家。
漫画家デビュー前にデザイナーとして活動後、1998年「Paikuuパイク」にて『われはロボット』でデビュー。
1999年『オヤスミナサイ』でアフタヌーン四季大賞を受賞。
2014年、星雲賞アート部門にノミネート。
2016年、星雲賞コミック部門に『はごろも姫』がノミネート。
代表作に『めもり星人』『時計じかけのシズク』『はごろも姫』等。装画に梶尾真治『妖怪スタジアム』、ピーター・ワッツ『神は全てをお見通しである』等。
作中に関連するシミズの技術
テクニカルニュース:紙素材を活用した現場仮設資材「KAMIWAZA」