清水建設と日本SF作家クラブのコラボレーション企画「建設的な未来」は、これからの社会に起こりうる事柄に対する、よりよい未来の「建設」に向けて、私たちができるかも知れないこと、また、乗り越えた先にあるかも知れない世界をテーマにしたショートショートです。
第20話は林 譲治さんの『AIだけの怪談』です。お楽しみください。
第20話
AIだけの怪談
林 譲治
「深海ブルドーザ群がエリア13を怖がっているというのか?」
南鳥島1号でプロジェクトマネージャーを勤める木田周一は、危機管理マネージャーの青田涼子の報告に首を捻る。木田のそうした反応を青田も予想していたのだろう。彼女自身も結論に当惑している様子が木田にもわかった。
木田は深海都市南鳥島1号での作業に当たっていたが、青田は別の海上都市にいる。彼女のチームの担当は、世界中の海洋都市のトラブルデータを集積することで、危険な徴候に対して早急な対策を講じることだ。
危険分散のため、危機管理の中枢となる海洋都市は太平洋、大西洋、インド洋にそれぞれ一つ建設されている。青田はそうした都市を定期的に移動していた。いまは大西洋のネオアトランチスにいるらしい。
「確認するけど、深海ブルドーザはどれもAI搭載の無人重機で作業工程の大半を自分の判断で行う。人間に意思決定を委ねるのは、遭遇した問題を自力解決できなかった場合だけだよね?」
「そのとおりです、まぁ、木田さんには釈迦に説法でしょうけど。
南鳥島1号の深海ブルドーザーはチームで運用される。問題のチームは五両編制で、相互に協力しながら作業を行うことができた。
いままで同じチームが他のエリアでは問題なく、決められた作業工程を進めていました。ところがエリア13での作業を指示したところ、異常な行動を示し始めました。それは我々のデータベースにも記録されていないものでした」
木田は頷いた。深海ブルドーザーの故障など、通常はそれぞれの深海都市や海洋都市で解決されるものだし、解決されてきた。だがエリア13で生じた事例は過去に例がなかった。
最初、5両の深海ブルドーザーがエリア13での作業中に次々と異常を報告してきた。AIによると異常はセンサーの不調であった。高度なAIを搭載した深海ブルドーザーには、全体を制御するメインAIとは別に、電源も独立したバイタルAIというものがあった。ハードウエアの状況を監視し、部品の劣化などに警告を出すのがその役割だ。
またメインAIが、センサーやアクチュエーターの故障を認識できないために、事故が起こるのを回避するためでもある。
これは風邪をひいているのに仕事をする人間に似ている。本人が風邪と気がつくのは40度の熱が出てからで、それまでに幾つもミスを続けていることにも気が付かない。バイタルAIは、微熱の段階で警告を発するので、ミスを起こさずに済むわけだ。
エリア13は深海底の熱水鉱床ちかくではあるが、南鳥島1号が管理する深海領域の中では、それほど過酷な環境ではなかった。それでも地上の建設重機よりは高いストレスに晒される環境であり、どのブルドーザーにも加熱防止用に冷却材が装填されている。ブルドーザーの稼働時間は、電池の残量よりも冷却材の残量に左右された。
こうした環境のため、センサー関係のトラブルは比較的多かった。
問題はメインAIがセンサーの異常を報告し、バイタルAIはセンサーが正常と報告していることだ。通常は逆であり、異常を報告するのがバイタルAIであり、メインAIは不調を許容範囲と判断しているというタイプのトラブルが普通である。
さっそく南鳥島1号の整備工場で調査するも、メインAIも正常、バイタルAIも正常、そしてセンサーも異常なしという結果となった。
そうであれば深海ブルドーザを遊ばせるわけにはいかない。再びエリア13の作業に出すと、それらはセンサーの不調を訴える。再び調査するも異常は見当たらない。
こんなことが数回繰り返されたあと、ついに深海ブルドーザーはエリア13での作業を拒否した。もちろん拒否というのは木田の主観であったが、エリア13への作業を指示すると、深海ブルドーザーは動かなくなってしまうのだ。だが隣のエリアでの作業なら、それらは何事もなかったかのように作業を行うのである。こうなれば専門家集団をスタッフとして擁する危機管理マネージャーに相談するしかないわけだ。
そしてその報告が青田から届いたわけだが、木田は不安を覚えずにはいられなかった。報告なら担当したスタッフにさせればいい。それが多忙な青田からわざわざ連絡があるというのは、よほど厄介な案件ということだ。
「メインAIのログを解析した結果ですが、問題を起こした深海ブルドーザーは作業拒否をする前に、エリア13で作業した深海ブルドーザー同士でデータ共有を行い、ある種のディスカッションを行いました。AIのディスカッション機能は組み込まれたものですから、これ自体は問題ありません。
問題は、その結論です。AIたちはエリア13が呪われた土地であり、そこに侵入すると呪いを受けるという結論に達したのです」
「呪いだって・・・どうして?どこからそんな話に?」
青田は言葉を選ぶように説明を続けた。
「AIはまず状況を分析し、問題の事実関係のパターンを見つけました。これは当初から織り込まれたAIの機能です。重要なのは、これは相関関係の発見であり因果関係を解析するものではないことです。
AIはこのパターンを解決する事例を探し始めました。既知のトラブルデータベースには事例はなかった。そこで外部データベースに参照範囲を拡大した」
「その結果、呪いが一番このトラブルの原因と一致していたということですか?」
木田に対して青田は頷くことで肯定する。
「ログの解析ではセンサーからの情報は明らかに異常なのに、センサーには故障はない。このあり得ない事実関係に、いわゆる心霊現象との類似性をAIは見出し、その前提でエリア13が呪われているという結論に至ったようです」
「つまり結論はこういうことですか?AIには分析不能な出来事が、エリア13で起きている。そしてそれは人間でなければ解析できない、と」
自然環境との共存を図りつつ、海洋資源の開発を行う深海都市。それらはすでに10以上が稼働していた。大半が赤道に近い低緯度の海洋だが、南極大陸の資源開発の拠点として、南極海に1基、北極圏航路の活発化を受けて北極圏に2基の極地海洋都市もある。赤道にせよ極地にせよ、海中と地表との温度差があれば、都市はエネルギーを自給できた。
そうした中にあって、南鳥島1号は、いささか性格を異にしている深海都市だった。まずこの都市は南鳥島と名乗っているが、南鳥島にはない。そこより離れた海底火山の周辺海域にある。火山からの熱水により効率的な温度差発電が都市の電力を賄っていた。この豊富な電力により化学プラントの副産物として産生される水素をエネルギー源として輸出することも行っていた。
だが南鳥島1号の最大の特徴は、この海底火山の周辺に超臨界水領域が存在することだ。鉛も溶ける高温高圧の海水域はあらゆる有機物を分解できた。そこで世界中から廃プラスチックのゴミがこの南鳥島1号には送られてくる。
分別の必要さえない。プラスチックごみは水圧で圧縮され、さらに超臨界水領域で分子レベルにまで分解される。そして超臨界水の条件が壊れる海底の低温(それとて摂氏100度以上ある)領域にその海水を導き、分解された分子を新たな工業素材として再利用するのだ。水素はこの過程で得られるものだ。またこの再処理過程で、大気中の二酸化炭素を吸収し、プラスチックのコンパウンドとして再生することも行なっていた。
そしてさらに熱水鉱床にあるレアメタルをはじめとする豊富な金属資源を開発することも南鳥島1号の重要な役割であった。
南鳥島1号周辺海域は、温度と水圧により幾つかのエリアに分けられている。エリア13は、超臨界水領域に隣接しており、金属が溶け出すことはないものの、機械にとっては過酷な環境である。だからこそAIを搭載した作業の効率化とトラブルの早期発見が求められたのだ。