清水建設と日本SF作家クラブのコラボレーション企画「建設的な未来」は、これからの社会に起こりうる事柄に対する、よりよい未来の「建設」に向けて、私たちができるかも知れないこと、また、乗り越えた先にあるかも知れない世界をテーマにしたショートショートです。
第16話は八杉 将司さんの『仮設都市』です。お楽しみください。
第16話
仮設都市
八杉 将司
段ボールで体育館が建てられようとしていた。
俺は高校の教室からその様子を眺めていた。
台風が東京に直撃したさいに古かった体育館の屋根が飛んだのだ。建て直すしかなかったが、予算の都合ですぐに取り掛かれないために臨時で建てられることになった。つまりこれは仮設の体育館だった。
先日まで基礎工事をしていたが、今日になって運び込まれた建材で一気に仮設体育館が組み上げられようとしていた。畳まれた建材が仕掛け絵本を開くように起き上がり、何もなかった中庭に、瞬く間に巨大な体育館が形作られていくのは圧巻だった。しかも仮設ながら没個性的な建物ではなく、著名な建築家の手によるような洗練されたデザインで、まるで美術館だった。
しかし、その外観を作り上げている建材は段ボールだった。配達や引っ越しの梱包に使われる段ボール箱と同じ紙である。だからこそこれだけ素早く建てることができていた。
スーツを着た恰幅のいい男性が、建設現場に近寄るのが目に入った。よく見たら校長先生だった。
ヘルメットをかぶる建設作業員に何か話しかけた。内容までは聞こえないが、難しい相談をしたようだ。作業員は困ったように首をかしげている。やがて振り向くと声を上げた。
「先生! 堀口先生!」
作業員に呼ばれて、仮設体育館の中からヘルメットに作業服姿の若い女性が現れた。仮想現実(AR)用の眼鏡型端末(グラス)をかけていて、一本鉄骨が通っているみたいに背筋が伸びていた。
作業員の一人らしいのにどうして先生と呼ばれたのかはわからなかった。ともかく今度はその「堀口先生」が校長の相手をした。
何を話しているのか気になったが、担任の教師が入ってきたので視線を教室に戻した。
下校前のホームルームが始まった。2か月後にある文化祭について話があった。クラスの出し物は決まっていた。文化祭の目玉になるモニュメント制作で、なぜか俺が制作のリーダーをやらされていた。じゃんけんで何もかも決めるのは日本人の悪い癖だと思う。
ともあれどんなモニュメントにするか、いくつか出された案から制作リーダーとして選ばなければならなかった。担任から明日までに決定しろと言われた。
やってみたい案はあった。動く巨大ロボットである。だけど、そんな難しそうなものを実現させる自信はなかった。かといってほかの案は張りぼてを電飾でごまかすようなつまらないものばかりだった。
ホームルームが終わる。帰れるのにすっきりしない気持ちを引きずりながら校舎の昇降口を出た。
学校が高台にあるので、海沿いのウォーターフロントが一望できた。
様々なデザインの建物が賑やかに密集していた。その街並みは、巨大高層ビルこそなかったものの商業施設や病院があるので都市といっても差し支えなかった。
ただそれらの建物はすべて仮設だった。しかも大半が段ボール建材によって建てられていた。俺の自宅もその中にある仮設住宅だった。
5年前、震災があった。
首都圏を中心にマグニチュード7を超える地震が襲ったのである。
のちに関東南部大震災と呼ばれた首都直下の巨大地震は、多くの人々の命を奪い、かなりの数の被災者を生み出した。
俺と家族も被災した。
あの激しい揺れは、今思い出しても血の気が引く。
家の倒壊は免れたが、延焼に巻き込まれた。父親は死亡し、母親もひどい火傷を負った。昼間で小学校にいた俺だけが無事だった。
避難所生活が続いたのち、仮設住宅に移ることになったが、希望者がすぐ転居できるわけではなかった。入居希望があまりに多くて従来の建材による仮設住宅の建設が間に合わなかったのだ。そこで当時から建設現場の仮設材として使われていた段ボールを使う案が採用されたのである。やがて俺と母親にはその「段ボールハウス」があてがわれ、生活するようになった。
俺はこの段ボールハウスが気に入らなかった。学校でホームレスみたいだとからかわれたりするのだ。俺自身も気にしていたので我慢ならなかった。
もちろんただの段ボールではない。特殊強化段ボールで、耐水や断熱が施された優れた建材だった。仮設住宅に利用するにあたって、さらに耐久強化や難燃性などの改良が加えられていた。
だが、幼い俺には日用品の段ボールと区別がついてなかった。母親は怪我で思うように仕事に就けず、新居に移れるだけの経済的余裕がないので、このまま段ボールの家で暮らすのかと思うと憂鬱でしかなかった。
その後、被災者の仮の住処でしかなかった仮設集落が、復興の遅れから様変わりしていった。大きく都市化していったのだ。
とはいえ俺はまだ最初のイメージを拭い去れないでいた。
まっすぐ帰る気にならなかったので、気分転換に仮設体育館の建設現場をのぞいてみようと思った。
校舎の裏側に回っていく。
柔らかな曲線を描く大きな屋根が見えてきた。木造建築にしか見えなかったが、ほとんど段ボールで作られているはずだった。
静かに紙を切る音が聞こえた。
体育館の玄関の前で、堀口先生と呼ばれていた作業員が、カッターで段ボール資材をなめらかな手つきで切っていた。それから細かく切った資材を幅が50cmほどある円形の板に貼りつけた。
その姿を眺めていたら、ふと彼女と目があった。
慌てたが、堀口先生は俺に子供っぽく笑いかけ、作っていた円形の板を誇らしげに持ち上げた。
「どう?」
それは高校の校章だった。複雑で細かい桐葉の模様で、立体物で作ろうとしたらかなり難しそうだったが、見事に仕上げていた。
「体育館の玄関に欲しいという要望でね。即席だけど、生徒から見ておかしくない?」
さっき校長と話していたのはそれらしい。あれから30分ぐらいしかたっていなかった。
「全然。問題ありません」
「ならよかった。あ、そうだ。ついでに聞くけど、この体育館はどう思う? 気に入ってもらえそう?」
「ええ。同級生のみんなも驚いてました。こんな格好いい体育館になるとは誰も想像していなかったので」
「わたしが設計したのよ。将来の思い出になる貴重な高校生活なのに、プレハブ倉庫みたいな体育館は嫌でしょ。喜んでもらえそうで嬉しいわ」
「俺の家もこんなふうに建て直してほしいです」
「仮設住宅?」
「はい。コンテナみたいな家です」
「震災のころは量産性を優先にしていたそうだからね。設計者もここまで復興が遅れて仮設生活が延びるとは思ってなかったんでしょうけど・・・」
堀口先生は体育館と校舎の間から見える「仮設都市」の街並みに目をやった。
都市が形成されてしまったのは理由があった。