大きな余震が長らく頻発し、また被災規模が深刻で復旧が思うように進まず、首都圏から人々がどんどん離れていった。これでは日本経済の中心地にもかかわらず多くの産業が成り立たなくなってしまう。そこで仮設建築物を住宅や小さな商店だけでなく、行政施設や病院、企業のオフィス、大規模な商業施設に至るまで次々に建てていったのだ。仮設の都市を作ることで人離れを減らそうとしたのである。
その原動力となった建材が段ボールだった。比較的安価で融通の利きやすい紙素材だったのと、折り紙やペーパークラフトを作るみたいに容易な建築方法が編み出されたことから、次第に挑戦的な企業や、新しい事業で成功を目指そうする若者たちが仮設都市に集まってくるようになっていった。さらにほかの都市では実現できていないほど高度なスマートシティ化も施され、その成果を復興する都市に反映させていくようにもなった。仮設都市は新しい首都の実験的なモデルとしても活用されていったのだ。
「あれは復興の妨げになっていると批判もあるけどね。仮設生活が楽しくて出ていこうとしないから」
堀口先生はそう言って苦笑いした。
俺は仮設体育館を見上げた。初めて段ボールの仮設住宅を見たとき、希望よりも将来への不安が先に沸き上がった。でも、これに対してはなかった。
「こういう建築に興味がある?」
「ああ、いえ、実は文化祭でモニュメントを作ることになって、その参考にならないかなと思ったんです」
「何を作るの」
「巨大ロボットを作りたいんですが・・・難しそうなのでまだ決まっていません」
「それでいいじゃない。若いうちは自分が作りたいものを作りなさい」
年寄りみたいな言い草だったので思わず笑った。
「だけど巨大ロボットか。軽い材料で作るにしても、人に倒れてきたら怪我の危険があるわね。強度や重心を慎重に考えた設計をしないといけない」
それを聞くと作るのが怖くなってきた。俺みたいな素人が手を出していい代物ではないかもしれない。
「ケータイは持ってる?」
堀口先生が訊いた。俺はわけもわからずスマートフォンを出した。すると彼女はグラスを操作して電子名刺を送ってきた。
画面に「堀口加奈」という名前や、チャットアプリのユーザーIDなど連絡先が映った。それから肩書が見えた。
「紙業師?」
「紙素材は自由度が高いし、扱いやすいけど、その分、センスが問われるのよ。うちの会社は認められたらこういうのがつくの」
「先生と呼ばれたのはそのせいですか」
「やだ、教室にまで聞こえてた?」
堀口先生は照れ臭そうに笑った。
「そんなえらくはないんだけど、誰かが冗談で言ったら定着しちゃって。とりあえず巨大ロボットを作るなら気軽に連絡して。面白そうだから設計を手伝ってあげる」
俺は自分の名前と連絡先も伝えると帰宅した。
家では作成するモニュメントをどれにするか悩んだ。決めてもできなければ恥をかく。無難にしたい気持ちが頭をもたげた。でも、自分がつまらないものを俺たちの作品だと発表したくない。みんなが驚くものを作りたかった。
堀口先生は、俺たちにとって将来の貴重な思い出になるようあんな体育館をデザインしたと言った。それを実現してみせたことに強い憧れを感じた。
俺はスマートフォンを出した。
やがて堀口先生の厳しさを思い知らされることになった。
教え方は優しく丁寧だった。巨大ロボットを使えそうな段ボール材を安くゆずってくれたり、駆動部に必要なモーターも探してくれたりとても助かった。
ところが、設計になると容赦がなかった。
格好が悪い。見る人のことを考えなさい。作りやすさに逃げるな。強度に問題がある。この形状では腕が曲がらない。無駄が多い。一からやり直し。
経験のない素人が短期間でやれるレベルではなかった。作成班のクラスメイトたちは嫌気がさして逃げてしまった。結局、俺だけで設計をした。
俺まで逃げなかったのは責任があるからというのもあったが、自分でモノを作ることにやりがいを覚えていたからだ。堀口先生の数々の指摘に理不尽はなく、要求に応えられたら間違いなくいいものになると思えた。
完成したロボットは、全高3メートルの赤と黒の隈取りをした歌舞伎役者となった。腕や首を動かして見得を切らせることもできた。その出来栄えはインターネットに動画や画像が流されると全国で話題になったほどで、俺は新聞や雑誌からも取材を受けた。
おかげで卒業後、家計の事情で就職することになったときは、堀口先生がいる建設会社に入社することができた。
* * * *
母親と住んでいた仮設住宅が解体されてゆく。
震災から10年。
ようやくマンションに転居することができ、この貨物コンテナみたいな仮設住宅は用済みになった。
俺は作業員と一緒に段ボールの外壁を取り外すと、トラックの荷台に積んだ。
トラックの行き先は廃材処分場ではない。再使用のための処理をしたあと港へ運ばれる。リサイクルされるのだ。
この仮設住宅だけではない。
首都圏の街々は震災から立ち直り、仮設都市は役目を終えた。残った仮設建築物は、小さく畳まれて再び利用されることになった。
政府開発援助の一環として、アフリカの小国に仮設都市の施設や住宅が輸出されることが決定したのだ。その国は長い内戦が終わったばかりでまともな資源や産業がなく貧困にあえいでいたが、この仮設都市を使って自ら産業を育て、経済の建て直しをはかるプロジェクトが始められることになった。
その計画に堀口先生がアフリカへ派遣されることになり、紙業師見習いになっていた俺も参加を志願した。
俺が住んでいた仮設住宅は、自分の手でデザインし直してリフォームするつもりでいた。
ここに住むであろう人々が、未来へ希望を持てるように。
- ショートショート
八杉 将司(やすぎ まさよし) - 2003年「夢見る猫は、宇宙に眠る」で第五回日本SF新人賞受賞。
- 翌年、同作が徳間書店より刊行されてデビュー。
- ほかに「光を忘れた星で」(講談社)「Delivery」(早川書房・第33回日本SF大賞候補)がある。
- イラスト
海野 螢(うんの ほたる) - 東京都出身。漫画家。
- 漫画家デビュー前にデザイナーとして活動後、1998年「Paikuuパイク」にて『われはロボット』でデビュー。
- 1999年『オヤスミナサイ』でアフタヌーン四季大賞を受賞。
- 2014年、星雲賞アート部門にノミネート。
- 2016年、星雲賞コミック部門に『はごろも姫』がノミネート。
- 代表作に『めもり星人』『時計じかけのシズク』『はごろも姫』等。装画に梶尾真治『妖怪スタジアム』、ピーター・ワッツ『神は全てをお見通しである』等。
- 作中に関連するシミズの技術
- テクニカルニュース:紙素材を活用した現場仮設資材「KAMIWAZA」