2019.06.03

開発者ストーリー

コンクリートを進化させるスペシャリスト

木目の立派な杉の飾り板と思って近づいてみると、実は打放しのコンクリート。そんな高い意匠性を備えたコンクリートを、低コストかつ容易に実現する清水建設独自の技術があります。それが「アート型枠」。水を弾いて汚れを流し落とすハスの葉の表面の構造と機能を人工的に再現した技術です。

生物の機構を模倣し、技術開発や製品に活かすバイオミメティクス技術を、なんとコンクリート施工のプロセスという意外なシーンで役立てたという例。開発したのは清水建設きってのコンクリートのスペシャリスト、辻埜 真人です。

現時点での最高の作例と辻埜が話す清水建設ものづくり研修センターの外壁。実に見事な木目だが、杉材のアート型枠でゼロシュリンクを施工し、脱型後の加工はほとんどされていないという。
現時点での最高の作例と辻埜が話す清水建設ものづくり研修センターの外壁。実に見事な木目だが、杉材のアート型枠でゼロシュリンクを施工し、脱型後の加工はほとんどされていないという。

技術開発一筋、コンクリートをもっと良くしたい

「SGモールド」この中にコンクリートを入れると缶ごと膨張する、そのひずみを測定することで膨張性能を把握することができる
「SGモールド」この中にコンクリートを入れると缶ごと膨張する、そのひずみを測定することで膨張性能を把握することができる

辻埜は大学院の頃からコンクリートの研究を続けてきました。博士論文も固まったコンクリートを、電子レンジに使用されるマイクロ波を活用して容易にリサイクルできる技術に関するもの。清水建設入社後も、コンクリートの研究開発に明け暮れる日々を過ごしていました。

成果としては膨張材コンクリートの品質を管理する⽅法の開発が挙げられます。これは公益社団法⼈ ⽇本コンクリート⼯学会の奨励賞を獲得し、試験規準として認定されました。「SGモールド」という名で製品化もされ、活用件数1,000件以上とコンクリート⼯事におけるデファクトスタンダードともいえる技術に成⻑しています。

続いて、コンクリートの弱点とされていた乾燥による収縮を限りなく減少させることで、ひび割れを低減させた⾼品質コンクリート「ゼロシュリンク」を開発するなど、コンクリートそのものの品質向上を、辻埜は⾃らの研究開発のテーマとしていました。

ヨーグルトのフタ、ハスの葉、超撥水

そんなある日、辻埜はいつものようにヨーグルトを食べようとアルミのフタを開けていて、あることに気づきました。

「昔のヨーグルトはフタの裏にヨーグルトがべったりくっついていたものだが、今どきはそんなことがない…これはなにかあるに違いない」

早速調べたところ、フタの裏には東洋アルミニウムという会社が開発した超撥水技術が使われていました。辻埜は同僚へアイディアを話した直後に東洋アルミニウムにコンタクトをとり、共同開発を開始。およそ3年の歳月をかけて実用化させたのがアート型枠です。

アート型枠は型枠材に特別な撥水剤を塗布することで、ハスの葉を模した疎水性の微細な凹凸構造を再現し、超撥水効果を付与したものです。

  • 従来の型枠(塗装合板)、コンクリートは表面にべったりとへばりついている
    従来の型枠(塗装合板)、コンクリートは表面にべったりとへばりついている
  • 超撥水処理をした合板、コンクリートは水玉のように弾かれる
    超撥水処理をした合板、コンクリートは水玉のように弾かれる
  • 辻埜は、アート型枠の超撥水をその場で実演してくれた
    辻埜は、アート型枠の超撥水をその場で実演してくれた
  • 超撥水処理を施した部分(写真奥)では、水がボールのようになり、木を傾けるだけで滑り落ちていく
    超撥水処理を施した部分(写真奥)では、水がボールのようになり、木を傾けるだけで滑り落ちていく

これまでの手法で成形されたコンクリートは、脱型後に表面気泡が残るため、きれいにするための後加工が不可欠でした。ところがアート型枠の場合、気泡は型枠表面を滑るように外に抜けるため、打放しでも見栄えの美しいコンクリートができあがります。また、コンクリート表面に転写された微細な凹凸が光を乱反射させるため、色むらのない明るい仕上がりになるのです。

見目麗しいコンクリートをいつまでも

さらにアート型枠には、冒頭で説明したように、型枠材の表面を忠実にコンクリートに転写する機能も備えていました。たとえば杉板を型枠に使えば、杉の木目も美しいコンクリートができあがるのです。

コンクリートの表面に木目を残す技法は以前からありますが、手間もコストもかかる職人技と呼ぶべき高度なものでした。それがアート型枠なら簡易に再現できます。しかも、従来は1回きりしか使えなかった型枠の再利用も可能です。ちなみに直近の施工例では、3回の再利用が確認されているとのこと。

アート型枠の超撥水効果は物理的な接触や油分が弱点とのことですが、今後はそこへの対策も検討し、耐久性を上げていきたいと辻埜は語ります。

「温度や湿度が管理された工場で撥水加工できるヨーグルトのフタと違い、建設現場の環境は千差万別です。そこに対応できるよう、アート型枠の耐久性を向上させたいですね、さらに、ゆくゆくは、美しく仕上がったコンクリートを長く維持することに繋がる技術も開発したいです。バイオミメティクス技術にそのヒントが見つかるかもしれません」と辻埜。

コンクリートのスペシャリストは、まだまだコンクリートを進化させる気マンマンのようです。