さまざまなビジネス領域で進展している「DX=デジタル・トランスフォーメーション」。
建設の分野も例外ではなく、コンピュテーショナルデザインという大きな波がやってきています。今回は設計プロセスに変革をもたらすとされているコンピュテーショナルデザインの現状と可能性について紹介していきましょう。
コンピュテーショナルデザインとはなんぞや
コンピュテーショナルデザインとは、ごく簡単にいってしまえば、設計プロセスの一部をコンピュータに代行させることです。3D CADやシミュレーションもコンピュータを使いますが、これらはあくまでツールとしてコンピュータを使っているに過ぎません。コンピュテーショナルデザインでは、もっと踏み込んでコンピュータに設計プランを自動生成する概念を組み込むことで無数のプランを生み出し、これまでより広い選択肢の中から最適な解を探索するという革新的な設計プロセスを実現します。
たとえば、大きな屋根をできるだけ少ない柱で支えるという課題に対して、膨大なパターンの中から最適な柱配置を自動で探索する、といったことができるのです。あるいは、天井照明の位置を決めるときに、柱や梁の影響を避けつつ照度ムラを最小限に抑えたい、しかもそこに自然光を最大限に活用するという条件が加わったら、人力で照明プランを作るのは実に大変です。でも、コンピュテーショナルデザインならば、部屋の広さ、柱や梁の位置、建物自体の向き(どちらから日が昇り、沈むのか)、必要な照度、そこから割り出された照明の数といったもろもろの条件を入力することで、人力では絶対にかなわないスピードで膨大なパターンを生成し、最適なプランを抽出することができるわけです。
面倒なことはコンピュータにおまかせ
別の視点から見てみましょう。医療関連など厳密な衛生管理が求められる施設や半導体をはじめとする精密機器の製造工場では、クリーンルームの設置一つを取っても多くの条件があり、クリーンルームと隣接する部屋との圧力差を管理するなどといった様々な制約の組み合わせに対応する必要があります。そのようなケースにもコンピュテーショナルデザインは有効です。実際にシミズでは、製薬工場のフロアプランを自動生成して可視化する「GMP Visualizer」を開発しています。GMP(医薬品の製造管理及び品質管理の基準)を満たす建物の設計ノウハウを、ベテラン設計者の頭の中から抜き出したようなツールになります。
このような複雑な制約条件が絡み合った建物の設計においてコンピュテーショナルデザインはその真価を発揮し、絡んだ糸を解きほぐす役割を果たします。条件が増えれば増えるほど、無数に生成されるプランの中から条件に見合う最適な設計プランをより合理的に抽出できる可能性が高まります。制約条件の整理や、膨大な量となるデータ入力にかかる労力をクリアすれば(実はこれが本当に大変なのですが)、アウトプットされるのはこれまでより最適なプラン。条件(=データ)の一部を変えれば、さまざまなバリエーションを自動的に生成することができます。いくらベテランの設計者でも、人力のみでこれほどの生産性を実現することはできないでしょう。これが現時点でのコンピュテーショナルデザイン最大のメリットです。
設計者はどっちだ?
コンピュテーショナルデザインが発展していくと、設計者が意図しなかったようなユニークな建築が生まれる可能性もあります。たとえば工場を設計するときに、常識や前例、先入観に縛られ、工場とはこういうカタチをしているものだと思い込んでいる人間よりも、どこまでもニュートラルなコンピュータのほうが、ユニークかつ斬新で、最適なプランを提示するのかもしれません。
こうなってくると、「設計」したのは人間なのかコンピュータなのか、よくわからなくなってしまいますが、何も競う必要はありません。これまでの設計はアイデアやインスピレーションによる“創造”と、それを図面などに落とし込む“作業”のふたつの軸から成立していました。この“作業”の部分をコンピュータにまかせられるようになるのがコンピュテーショナルデザインと考えれば、コンピュータの得意なこと(=計算)はそちらにおまかせして、人間は人間にしかできないことに集中すればいいだけの話。ゼロベースの“創造”は、コンピュータには絶対にできないことなのですから。これからの設計者はそちらの素養を磨き続けることが、より大切になっていくのかもしれませんね。
- 野崎 優彦
- さまざまな企業のコミュニケーション活動をお手伝いしているコピーライター。株式会社モーク・ツー所属。