日本の大動脈として長年にわたり暮らしや経済を支えてきた高速道路の機能強化として、新東名高速道路のネットワーク整備が進められています。川西工事は神奈川県と静岡県の県境に位置する神奈川県山北町区域で総延長2.6kmの高速道路を新設する工事であり、NEXCO中日本より”ICT-Full活用工事”に指定されています。この川西工事全体のマネジメントを担うNEXCO中日本の宮地工事長と、現場を取り仕切る清水建設の藏重副所長に今回の取り組みについて語っていただきました。
中日本高速道路株式会社 東京支社 秦野工事事務所
松田工事区 工事長
宮地 謙介(みやじ けんすけ)氏
清水建設株式会社
新東名高速道路 川西工事特定建設JV 副所長(監理技術者)
藏重 幹夫(くらしげ みきお)
「川西工事はICT土工がすごい!」からすべてがはじまった
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ICT施工に至る経緯を教えてください。
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藏重
では私からご説明します。川西工事の塩沢工区では山と山の間を盛土して、道路を建設することになります。当初は三次元データの活用によって盛土工事を可視化・効率化するとともに、盛土のトレーサビリティを確保するという課題解決のためにICT土工を導入したという経緯があります。
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宮地
この盛土工事は規模が大きいだけでなく、他工区からも掘削土を受け入れるということで、トレーサビリティを重視しています。完成後に万一不測の事態が発生してもデータとして残っていれば、その後の対応にも活用できるわけです。
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藏重
当時は社内でも「川西工事はICT土工がすごい」という評価でした。ところが、土工を突き詰めていくと、トンネルをはじめ、他工種にも技術の横展開ができるということがわかってきました。それをひとつひとつ実行していったら、いつの間にかICTフル活用ということになり、現在に至っているというのが、ざっくりとした流れになります。今では40の取り組みを同時並行的に進めています。
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宮地
私はこの7月に着任したばかりなのですが、とにかく実に幅広い工種、分野でさまざまなICT施工の取り組みが実施されていることに、日々、新鮮な驚きを感じているところです。
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ICTフル活用の実現につながった決め手はなんだと思われますか。
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宮地
それは情報共有が徹底されている点でしょう。「Autodesk」のツール「BIM 360 Docs」を採用し、活用していることが特に大きいと思います。川西工事で導入した「BIM 360 Docs」はクラウドソリューションで、ありとあらゆるデータを関係者が共有できるようになっています。場所や時間、端末を問わず、さまざまな工事の最新データを共有し閲覧できます。
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藏重
建設業全体を見た時の生産性向上でなかなか議論にならないものに、発注者と受注者のやり取りの効率化があると感じていました。これまでは各社それぞれに固有のルールがあるため、スムーズな情報共有や意思疎通を妨げていたと思います。3次元データも確認できる「BIM 360 Docs」は情報共有の仕組みとして非常に強力です。それに加えて発注者がオーナーとして私たちにIDを付与しているという点がポイントです。これは前例がないことでしょう。
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宮地
私の前任者が主導して「BIM 360 Docs」のフォルダ構成を整理したということは聞いています。先ほどの盛土のデータも含めた品質管理、工程表などのデータがクラウド共有されています。
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藏重
IDを付与していただくということは、日々、保存・更新されているデータが、納品と同様の意味を持ちつつ、工事に関わる全員が共有できる。体感では10倍以上の効率化が達成できていると考えています。他の発注者さんとお話をする機会もありますが、「受発注者が協調した現場管理の効率化・高度化の取り組みにおいて、NEXCO中日本様の英断はすごい」と驚かれます。
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宮地
そうしたデータが、竣工後の維持・管理にも非常に有効であることは、先ほどの盛土のトレーサビリティ同様、いうまでもありません。そうした部分も含めたうえで、当社はこの川西工事をICTフル活用のモデル工事に指定するほど重視しているということです。現場事務所に専門職員で構成されるICT・DXグループを組織し、清⽔建設本社のICT・BIM/CIM専⾨部署、技術研究所、協力業者・ベンダーと協働するサイバーチームを構成され、工事で活用できるICTを実装し、現場の課題に即応できる体制を構築されています。
多くの建設会社さんは、目的物をつくるところまでを責任範囲とされるのに対し、清水建設さんは完成後の維持・管理までを視野に入れたうえでさまざまなソリューションを投入されている。その視座の高さには感銘を受けています。 -
藏重
ありがとうございます。
効率の向上だけにとどまらないICT施工の成果
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盛土の運搬にも画期的な手法をつかわれたそうですね。
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宮地
はい。川西工事の塩沢工区では、およそ320万m3にも及ぶ大規模な盛土をしています。その一部として東端の向原工区の切土を西端にある塩沢工区まで運んでいます。向原工区では工事用道路から東名高速道路へ土を運搬する設備としてベルトコンベヤを設置し、高速道路を輸送ルートに使っています。
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藏重
当初は国道246号線を使う想定だったのですが、渋滞が絶えないエリアだったということもあり、御社から「国道への負荷低減のため、東名高速道路を使ったらどうか」という提案をいただきました。これも通常に営業している高速道路を輸送ルートとして、普段はクルマの乗り降りができないパーキングエリアを改築してダンプトラックが出入りできるようにするなど、大英断といってもいいのではないでしょうか。工事の部分では、東名高速道路の上り線と下り線の間のごく狭い場所に約700mのベルトコンベヤを設置するなど、難易度の高いプロジェクトでした。
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宮地
その難工事の恩恵で盛土材の輸送がスムーズになったのですから、とても意義深いことだと思います。
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藏重
現在、川西工事塩沢工区に出入りするダンプトラックは日に600台以上に上り、それらを管理する運行管理システムを導入しています。これも川西工事のICT活用のひとつですが、すごいなと思ったのは、川西工事に出入りするダンプトラックすべてにそのシステムの管理下に入るよう、発注者として関係する他の受注者に手配してくれたことです。
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宮地
車両をリアルタイムで管理できるということは、発注者視点で見れば安全管理ということにもつながります。たとえば危険運転をするドライバーを特定して指導することもできる。ともすれば効率化ばかりが取り沙汰されがちなICTですが、安全性を担保するという意味でも大きな貢献を果たしてくれていると考えています。
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藏重
安全性という面では、ICT土工では現場全体を三次元モデル化するので、人が測量をしなくてもよくなっています。測量をする人たちは重機のそばで仕事をするわけで、その分危険が伴います。それ自体がなくなるということは、間接的に安全性向上にもつながっています。
発注者、受注者の垣根を超えて
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藏重
私たちのような受注者・施工者が現場のDXに積極的なのは、ある意味当たり前のことですが、貴社が発注者としてICT施工を重視し、積極的に推進される意義をあらためてお聞かせください。
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宮地
第一に私たちは高速道路会社であり、その使命はなにかということが根本にあります。ただ高速道路をつくるだけでなく、完成後の維持・管理という部分も含めて、社会に対する責任があります。さらに少子高齢化の影響で建設業界全体で人手不足が起きているという事実もある。そうした環境下で、高速道路会社の責任を全うしていくためにも、人手不足を改善していきたいという思いがあるのです。それは私たちだけでできることではありません。御社のように協力してくれる企業と手を携えて進んでいきたいということがあります。
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藏重
そういうことなのですね。ICT施工、i-Construction、現場DXなど、呼び方はいろいろあれど、背景には人手不足を解消したい、もっと魅力ある現場に変革したいという思いがあることは、私たちも同様です。今後もさまざまなソリューションを提案していきたいと考えています。たとえば、VR空間に三次元モデルとアバターを導入したリモート会議を試行していますが、これを発展させて360度カメラと組み合わせて遠隔臨場に応用するなど、ICTが活用できるシーンはいくらでも考えられます。もちろん、発注者の理解が大前提にあることに変わりありません。私たちも全力を尽くしますので、今後もご理解とご協力をいただけるとうれしく思います。
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宮地
ICT施工のような先進的な取り組みの場合、個別の取り組み単位で発信したほうが伝わりやすく、そうなりがちなところですが、川西工事では全体最適を追求する観点で進め、しかも熱意を持って協力いただいている。受注者・発注者の垣根を越えて、問題意識を共有してくれる仲間を増やしていきたいという思いが、前例のないことに一緒にチャレンジしていける原動力であると私は感じています。冒頭にお話した幅広い工種、分野でさまざまなICT施工の取り組みを実施しているという驚きは、そこまで多岐にわたって清水建設さんが一緒にやってくれているんだなという想いと重なるところなのです。
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藏重
ここまでお話を聞かせていただいて、あらためて身が引き締まる思いです。完走するまで、ぜひよろしくお願いします。
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宮地
こちらこそ。これからも一緒にいいものをつくっていきましょう。