見学が終わると、木幡は上司に訊いた。
「根津さんは、新素材を使うこと、どう思っているんですか」
「正直に言えば、別に抵抗はないよ」
「・・・そうなんですか」
「意外か? オリジナル重視の『復原』や木組みに拘っているわけでもないぞ」
そう言われても、木幡は手詰まりを感じ、顔をしかめるしかない。施主側代表の顔を思いだしてしまう。
そんな部下の様子を見て、根津は苦笑した。
「環境や状況は、時代時代で変化するし、予算や技術の壁も立ち塞がる。理想と現実の隔たりはいつの時代でもある。そんな中で最大限の努力と最善の策を探らなければならない。だが、もっとも忘れてはならないことがある。・・・前にも話しただろ? 文化財(レガシー)を再建する意味とはなんだ? われわれの、この仕事の根本の意義は」
と、根津は木幡を見つめてくる。
「・・・意義、ですか?」
「人が住むわけでもない。人が働く場所でもない。街を再開発するわけでもない。だが、それは、そこにあって、これからもありつづける・・・。ここをクリアできなければ、お客様を説得するなど、無理だぞ」
「それは、そうですが」
「さて、次だな」
「まだ、いくところがあるんですか?」
「なんで、京都まで・・・」
木幡は、ある寺院にいた。東京から1時間強の強行軍だった。
「君は、木造建築の現場に一度も立ったことがないのだろう?」
五重塔の大規模な保存・修復工事の最中である。寺のシンボルとも言える塔は、四方が工事用の足場とネットに覆われ、姿が隠れている。塔は、数十年ぶりの補修だという。
ヘルメットを被り、根津が先立って、現場に入った。
熟練の宮大工が若手を叱咤している。
一通り見て回ったあと、寺院内にある仮事務所の一角で、根津と木幡は休憩をとった。
「あれだけの木材を用意するなんて予算も潤沢なようですね」
根津は、地面に積み上げられている木材の側に近づいていった。
彼は軽くしゃがむと無造作に片手で持ち上げた。
「昔の木とは、やはり質が違うな」
上司の膂力に驚きを隠せなかった。どう見ても、彼ほど老齢の人物が片手で軽々と持ち上げることができる重量ではない。
相手は部下の視線に気づいたようだ。
「ああ」と言って、木材を元の場所に置き、不敵な笑みを見せながら袖をまくってみせた。二の腕が露わになる。
木幡は二度目の驚きの声をあげてしまった。
手首の先は皮膚で覆われていたが、腕の部分は陶器のような、黒光りする硬質な表面である。
「両腕とも義手だ。片足も義足だ。若いころに事故で失ってね。手は人工皮膚だ」
と指先を顔の付近で細やかに動かしてみせた。
「本物と見分けがつかんだろ。最近の機種は高性能だね、それに」
と言って、腰や腿を軽く叩く。
「腰周りにも外骨格型の補助具をつけている。だから、テクノロジーは否定しない。私自身が恩恵を被っている。最新技術がなければ、こんなポンコツの老いぼれはとっくにお払い箱だ」
彼は改めて木材の表面を見聞するように見て、木目を撫でた。
「いま入手できる最善の資材だろうが、きっと棟梁も満足していないな。・・・なにより大きな物がない」
「たしかに、『継手』の作業が目立ちますね」
「地球環境の変化のせいだろう。大木は入手困難なのだ。それでも、ここは木造で修復している」
いかにも年季の入った姿の棟梁が、ちょうど休憩にきた。
「話は聞いている、根津さん。台風11号のこと、ショックだったよ」
ふたりのそばに座る。
「せっかく修復しても、もし同じ威力の風台風が京都を直撃したら・・・木造ではひとたまりもない。今回の件は今後の木造文化財修復の曲がり角になるだろうな」
「今、なにか対策を?」
「当初から木造強度補強は計画されているが、それ以上はないよ。すでに工程はここまで進んでいる。今後、異常な強風を受ける確率がどれだけ、あるか。ないと祈りたいところだが。根津さんのところこそ、どうする気なんだ」
「いまは検討中だよ。この優秀な部下が、妙案をだしてくれるのを待っているんだ」
そうかと微妙な笑みを木幡と根津に見せると、棟梁は現場に戻っていった。
「腑に落ちん顔をしているな」
「お客様の顔を思い出していたんです。私の案にまったく納得していなかったようなので。新素材を使おうが、木材を使おうが、ただ形を再現するだけではだめでしょうね」
根津が口にした、レガシーを残す意味が、鍵なのだろう。
「最新技術を振りかざすだけでは、お客様は納得せんということだ。お客様の背後には、後援者や、神社を参拝する人々もいる。彼らも納得するであろう形でなければ、お客様も首を縦には振らんだろうな」
「神社の『門』は文化財でもありますが、参拝客を迎えるためのものですよね。単純な建造物ではない。精神性も併せもっている・・・ということですか」
「その精神性とはなんだと思う」
木幡は宮大工たちの現場を見回した。
「伝統工法で作る意味も大きいんだと思いました。技術の継承という意味もあるんでしょう。失われたら再現できなくなりますから。でも、それ以上に、伝統工法で造られたものは、ある種の神聖さが宿るのかもしれません。そもそも神社仏閣は人々が参拝する対象です。単純な技術論や物理的な話で割り切ってはいけない部分なんでしょう。・・・難題ですよ」
「・・・見ろ、私の手足を」
「根津さん」
「こんな老体でも、最新技術のお陰で現場にでることができる。・・・だろ?」
現場に、『アンバー』の建材が次々と運び込まれ、積み上げられた。どれも、工場で型取りから成形され、塗装まで完了したものだった。塗装を終えた建材は、見た目は材木にしか見えない。
現場監督が宮大工たちと、作業の綿密な打ち合わせを終えると、修復工事が始まった。
分解してしまった『門』や、過去写真や資料などのデータをAIに取り込み、スネーク・プリンタで成形する方法を採用したのだが・・・。
「『門』全体を造るのではなく、部材ひとつひとつを新素材で成形します。柱、梁、屋根・・・すべてをオリジナルの部材と見紛うように」
木幡が提案したとき、根津は真剣な顔で内容を聞いた。
「それを、木材のように宮大工に組み上げさせるのか・・・」
「妥協案かもしれません。ですが、現時点での『門』がどうやって組み上がっていたか知見として後世にも残すことができます」
周囲にはファッションモデルに見える巨大ビルが立ち並ぶ。『門』の再建工事はそれらに見守られているかのようだ。
大切なことはそこにありつづけること。だが、人々が納得する形でなければならない。
現場の一角にある車輌に視線を送る。荷台の上には、『門』の軒下にとりつける額があり、名称が浮き彫りされている。『アンバー』ではなく、『クローン・ウッド』で造られた部品だった。予算内で収めるために額だけであるが、今回の再建で唯一の『木材』である。
木幡が提案したプランが、施主の同意を得ることができたのは、額だけとはいえオリジナルを再現した木材を使用するのもひとつの理由だろう。根津が、プレゼンで強調し、施主を説得してくれた。
・・・修復工事を見守っていた木幡に根津が近づいてきた。
「君に見せたいものがある。ついてこい」
根津が木幡を連れて行ったのは、神社からさほど離れてない街の一角にある倉庫だった。榛名が待っていた。
「お客様が長期で借り受けてくれた倉庫だよ」
「今回の建設費が予定より抑制できたので、確保できた場所です」
と、榛名は、ふたりを倉庫内に導いた。
倉庫の中央には、コンテナほどの大きさの、透明なブロックがいくつも鎮座していた。
木幡は目を見開く。
「これは・・・」
「記録の保管庫だよ。このまま、これらをこの倉庫に保管して、ずっと管理してもらえることになっている。何十年後かわからんが、次回の改修か修復を迎えるまで、な」
透明なブロックはなにか、すぐにわかった。『アンバー』だ。
その内側に封印されているのは、瓦礫と化した『門』の部材の数々だった。
「破棄しなかったのですね」
「廃材として捨ててしまえば、それまでだ。とっておけば、資材の材質や塗料、細工の細部など、現存している部分だけなく、破損している部分からも多くの情報が収集できる。問題は、保存しておくのが難しいことだ。木材だから経年劣化は避けられない」
「『アンバー』が、それを解決したんですね」
「まさに、疑似『琥珀』だな」
「未来に託すわけですか・・・」
「いずれ強度とコストの問題も解消され、全部材に『クローン・ウッド』を使える時代がくる。この廃材を再利用する工法が開発されるかもしれん。伝統工法を駆使して、木造文化財を『復原』できるようになるのではないのか?」
「実用化まで、まだ何十年もかかりますよ」
「私が生きているうちになんとかしてくれ。期待しとるよ」
根津は木幡の肩を軽く叩くと、背をむけて歩み去った。
- ショートショート
荻野目 悠樹(おぎのめ ゆうき) - 1965年2月2日生まれ。水瓶座。A型。東京都出身。横浜市立大学商学部卒。
- 『シインの毒』にて96年度集英社ロマン大賞を受賞。同作が集英社スーパーファンタジー文庫で刊行され、デビューする。
- 以後、SF、ファンタジー、サスペンス、時代小説など幅広い分野で執筆。著作に『ハゼルナ 警視庁テロ対策分室』(徳間文庫)、『野望円舞曲』(田中芳樹氏と共著、徳間デュアル文庫)などがある。
- イラスト
加藤 直之(かとう なおゆき) - SFイラストレーター。SF小説のカバーイラストを中心に、作品を描きあげる過程で科学、物理、工学、工芸に興味を持ち、取材のために関係イベントにもよく顔を出す。
- 趣味は読書と自転車。乗るだけでなくパーツの改造をしたりすることも多く、金属やカーボンの素材を切ったり削ったりするのが好き。最近はプラネタリウムのドーム投影作品にも挑戦している。
- 作中に関連するシミズの技術
- 維持・保全のカギ「大切な施設を、長く大切に扱う」