2021.04.19

建設的な未来(日本SF作家クラブ)

コラボレーション企画
建設的な未来

「親方!ハビブ親方!敗報です!敗報が届きました!」

今にも泣き出しそうな書記官に、ハビブは問いかける。

「負けただと!? 女王陛下は如何なされた?」

「我らのクレオパトラさまはご無事です。同盟を結んだアントニウスさまも命を長らえたご様子。しかしながらアクティウムで戦われた艦隊決戦は我が方の惨敗。ローマのアウグストゥスの軍艦はアレキサンドリア沖まで進出しているとのことです!」

予期せぬ凶報に、盛大なため息をついた者がいた。カーンヴァ朝インドから派遣されたシンその人であった。

「無念なり。これでなにもかも潰えた。敗戦国に遺跡の復活を実施する余裕などありますまい。それがしは今宵にでも帰国の途に就きましょう。ここに来るのが10年ほど遅かったようです」

プトレマイオス朝エジプトが滅亡したのは、その翌年のことであった――。

 * * * *

『総督!ハビブ総督!ニュートリノ通信で連絡があった応援ですが、そちらの静止軌道上に到着したみたいですよ。思ったより早かったですねえ!』

コンソールに浮かび上がる秘書官サナクトの立体映像に、エジプト系火星人(マーシヤン)のハビブは焦りの色を濃くするのだった。

50年前のハビブであれば、部下のサナクト同様、無邪気に喜んでいたかも知れない。好奇心はすべての感情に打ち勝つ媚薬だが、初老の域へと近づくハビブには効果は薄れており、恐怖心を平常心に転換することはできなかった。

暴力は問題解決の手段としていまだに有効なのだ。外宇宙から飛来した知的文明であっても、この千古の鉄則から逸脱してはいまい。

そして科学技術の差は歴然としている。一昨年の海王星軌道におけるファースト・コンタクト以降、相手は度々太陽系へと飛来しているが、地球人類はまだ彼らの母星さえ把握できていないのだから。

『総督。フォボス基地から派遣船の形状が確認できました。事前通知にあったとおり、巨大な四角錐です』

ホルエムアケト氏族(うじぞく)を名乗る異星文明が運用する宇宙船だが、奇妙なことにそのすべてがピラミッドに酷似した形状を示していた。サイズは様々だが、カラーリングは石灰岩のような乳白色で統一されている。

『相手はなお接近中。時速2000キロから急激に減速しつつあり。外見からはエンジンも噴射口も確認できませんが、いったいどんな絡繰りなんでしょうね?』

サナクトの報告にハビブは応じなかった。相手の進入角度に違和感を抱いたからだ。

「このままだと火星衛星軌道には乗らないぞ。大気圏突入コースそのものじゃないか!事故か?まさか攻撃!?」

だとしても対抗策など存在しない。熱核弾頭装備の軍事衛星は地球圏からの廻航がとうとう間に合わなかった。もし配備が完了していたとしても、相手は底辺2300メートル、高さ1467メートルの巨躯なのだ。破壊はおろか、コースを変えるのも困難だろう。

手をこまねいているうちに、異星の構造体は火星大気圏に侵入した。ただし、時速45キロという信じられない低速でだ。

「オリンポス山の麓に向かっているな。あそこはまだ未開拓の曠野だ。無人の地に降りる気か!」

18時間後――這うようなスピードで着陸した四角錐から姿を見せたのは、指の数が両手で12本であることを除けば驚くほど地球人類に似てはいるが、それでいて地球人類では絶対にない両性具有の生命体であった。

『それがしの名はシンなり。我らの先祖が貴殿らの先祖に伝えた御業(みわざ)――重力制御の技術を提供せん。ホルエムアケト氏族の最高機密なり。これをもち両種族の間に和が築かれんことを希求するものなり』

人工重力のコントロールを完全にマスターした地球人類が、太陽系の全惑星を踏破したのは、その翌年のことであった――。

ショートショート
吉田 親司(よしだ ちかし)
小説家。1969年福岡県出身。
2001年に『新世界大戦Episode3』(ベストセラーズ)でデビューし、架空戦記を中心に著作は100冊を超える。
代表作に『女皇の帝国シリーズ』(ベストセラーズ)、『ガ島要塞1942』(経済界)、『マザーズタワー』(早川書房)などがある。
イラスト
加藤 直之(かとう なおゆき)
SFイラストレーター。SF小説のカバーイラストを中心に、作品を描きあげる過程で科学、物理、工学、工芸に興味を持ち、取材のために関係イベントにもよく顔を出す。
趣味は読書と自転車。乗るだけでなくパーツの改造をしたりすることも多く、金属やカーボンの素材を切ったり削ったりするのが好き。最近はプラネタリウムのドーム投影作品にも挑戦している。
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