2020.12.21

建設的な未来(日本SF作家クラブ)

コラボレーション企画
建設的な未来

「38プラントに侵入者ですって!?」

ジェシカが悲鳴をあげた。

「あそこ、高放射能施設よ。何かあったら・・・!」

池谷はすぐに38プラントのカメラを表示させた。ここは危険度の高い施設なのでカメラは数台設置されている。

“彼女”の姿は、すぐに視認できた。

ディスプレイを見つめるスタッフ全員が息を呑んだ。“彼女”は軽くスキップしながらプラント内を移動している。

「あそこならまだ放射能汚染の危険はないが、まさか炉心部に入ろうなんてことは・・・」

シドの声が震える。その呟きが聞こえたかのように、“彼女”はカメラに視線を向けた。駆け寄ってきて、何か言った。

「今の、何語?」

ジェシカの問いに、池谷は答える。

「日本語だ。あの女は言った。『そっちに帰るね』と」

「帰るって・・・ここに来るのか」

「そのようだ。もうこちらに向かってる」

「まさか。でも入ることはできないだろ。外部ゲートを出入りするには権限が――」

「その権限を持っているみたいだ」

ラウールが表示させたのは外部ゲートの開閉履歴だった。

「2時間前にゲートが開いて誰かが外に出ている」

「つまり、あの女は初めからここにいたってことなのか」

「そうだ。もしかしたら俺たちと一緒に地球から搬入された荷物の中に紛れ込んでいたのかも」

その言葉に触発され、池谷は倉庫のリストを検索する。

「・・・これか」

縦180センチ横100センチほどの、柩のような形をしたケースだった。搬入リストに記されている名称は「私物」。

「私物? 誰のだ?」

「パトリック・トライオンとある」

「トライオン・・・このプラントのオーナーじゃないか。どうしてそんな奴・・・いや、そんなひとの私物が紛れ込んでるんだ?」

「わからん。特例措置で搬入されていたとしか――」

「外部ゲートが開いた!」

シドが悲鳴めいた声をあげた。

「あいつが、中に入ってきたぞ!」

このような事態は想定されていなかったのでコントロールセンター内に武器などの用意はなく、それぞれが工具や備品の鉄パイプなどを手にして倉庫に向かった。

“彼女”は彼らを待っていた。

「はじめまして。わたし、トリカと言います」

ペこりと頭を下げる。

「この度はお騒がせして申しわけありません。パパが今回の出来事の説明をしますね」

「パパ?」

トリカと名乗った女性は腕のブレスレット型端末を操作する。彼女の前にホログラム映像が映し出された。

――コントロールセンターの諸君、私はパトリック・トライオン。君たちの友人だ。

ほっそりとした顔だちの男性が話しはじめる。

――こんなことをするのは私の本意ではなかった。しかし規定の網の目をかいくぐってトリカを月に送るには、こうするしかなかったのだ。許してほしい。もう理解していると思うが、トリカは人間ではない。この子はアンドロイドだ。しかし人間とほとんど変わらない。歌うこともできれば私の求めに応じてフルートも吹いてくれる。私は娘としてかわいがっているんだ。だからこの子にいろいろと見聞を深めてもらいたかった。一度月を見学させてやりたかった。しかし規定で作業者以外の“人間”は搭乗できないと言われ、こっそり隠して送り出すことにした。いずれ見つかるだろうが、そのときは仲良くしてやってほしい

映像が消えると、トリカは言った。

「あちこち見させてもらいました。とても興味深いものでした」

「真空蒸着の施設にも?」

「はい。思わず溜息をつくほどの素晴らしさでした」

彼女は人間のように昂奮で頬を赤らめ、吐息を吐いた。

そうか、と池谷は合点した。アンドロイドであるにもかかわらず、彼女はフルートを演奏するために体内に貯留した空気を使って息を吐けるのだ。

「そういうことなら、こそこそ隠れて行動しないで教えてくれればよかったんですが」

「すみません。きっとパパが皆さんを驚かせたかったんだと思います。そういうことが好きなひとですから」

「迷惑な話だ・・・あ、いや」

オーナー批判になると気付いて、シドが慌てて口を噤む。池谷は苦笑しながら、トリカに言った。

「もうこそこそしなくていいです。我々はあなたを歓迎しますよ、トリカお嬢様。まだ他にも見学したいところはありますか」

「はい。薬品製造プラントとか有機金属製造プラントとかも」

「わかりました。順々に案内しましょう。ただし条件があります」

「何でしょうか」

「次はあなたも宇宙服を着てもらいます。その格好のまま真空中でぴょんぴょんスキップされると、いささか心臓に悪いのでね。それに不用意な溜息も困ります。ここでは普通の人間と同じように過ごしてください」

「わかりました。そうします」

トリカは微笑んで、ほっ、と息をついた。

ショートショート
太田 忠司(おおた ただし)
1959年 名古屋生まれ。ものかき。
1981年 『帰郷』が「星新一ショートショート・コンテスト」で優秀作に選ばれる。
1990年 『僕の殺人』で長編デビュー。
作品は他に『星町の物語』『奇談蒐集家』『ミステリなふたり』『猿神』など多数。
イラスト
海野 螢(うんの ほたる)
東京都出身。漫画家。
漫画家デビュー前にデザイナーとして活動後、1998年「Paikuuパイク」にて『われはロボット』でデビュー。
1999年『オヤスミナサイ』でアフタヌーン四季大賞を受賞。
2014年、星雲賞アート部門にノミネート。
2016年、星雲賞コミック部門に『はごろも姫』がノミネート。
代表作に『めもり星人』『時計じかけのシズク』『はごろも姫』等。装画に梶尾真治『妖怪スタジアム』、ピーター・ワッツ『神は全てをお見通しである』等。
作中に関連するシミズの技術
シミズドリーム:月面基地