2019.12.11

建設的な未来(日本SF作家クラブ)

コラボレーション企画
建設的な未来

Kプロジェクト。別名を、“還暦”プロジェクトと言う。

昔、日本には、年による呼び名があったそう・・・なのだ。六十になると、還暦。七十が、古希。七十七が、喜寿。これ・・・私には意味が判らないんだけれど、とにかく、そういう年をそう呼ぶことに決まっていた。(偶然なんだろうけれど、還暦、古希、喜寿。みんな、頭文字がK。だから、この計画は、Kプロジェクトって名前になったんだそう。)

昔の日本では、動物を模した暦ってものがあったらしい。今年はうさぎの年だとか、今年は牛の年だとか。(その他にも、細々とした規則があったらしい。)そして、六十年たつと、この暦は、一周する。

だから、六十が、還暦。暦が、一周して、最初の処に還ってきてしまうこと。

また。昔は、ヒトがそんなに長生きをしなかったから。還暦まで生きているというのは、それだけで素晴らしいことだったらしい。故に、還暦を迎えたひとは、特別に祝福された。暦を一周するだけ生きた、それは素晴らしい、だから、その人達は、再び子供に戻ることが許されたのだ。

還暦になると、その人は子供に還る。そのまま、人生の最後まで、遊び続けてよい。

なんてまあ、これは、ヒトの寿命が六十年かそこらの時の、戯言だよね。今、六十っていったら、若造扱いだ。人生の半分くらいにしか達していない。

それで。政府は、只今還暦を迎えた人(私がそれだ)、古希の人、喜寿の人なんかを集めて、新しいマリンシティで一つの街を作るって計画をたてたのだ。応募する資格があるのは、只今六十以上の人から七十七の人まで。(百くらいまでは普通に元気なんだけれど、さすがに体がちょっと不自由になったり、何より、持病があり、定期的に病院に通っている人が多い。なので、七十七で区切ったらしい。)

で、今、六人一組の私達は、百のグループに別れて、マリンシティ・K・1に上陸した。ここで、私達は、本当に好きなように、自分の好きな街を作ってゆく。グループが百あるんだから、この島のあちこちに点在するよう送り届けられた私達、勝手にやっていても、いつかは他のグループに接触するだろう、その時どうするのか、その辺の采配も、私達に任されている。そう、つまり、マリンシティができてから初めて、“計画都市”ではない都市を、自然発生的にできてしまった都市を、作ろうっていう試みなのだ、これは。

還暦になった人は。それなりに人生経験を積んでいる。社会的にはまだ若造なんだけれど、就労経験もあり、人間関係で苦労したこともそれなりにあり、人によるけれど、結婚をしたことがあったり、子供ができたことがあったり、孫ができたこともある。けれど、還暦で、一回子供に還るんだから。社会経験と人生経験がある“子供”が、どんな都市を作るのか、これはそういう実験でもある。(なので、応募してくる人、採用された人には、ある種の顕著な特徴がある。うん、今どき、登山が趣味で二百地球日以上も野宿の経験がある人なんて、まず、いないと思うわ。ま、私もそうだから、あんまり人のこと言えないんだけれど、微妙に現代社会に適応できなかったタイプの人が多いんじゃないかと思う・・・。)

私がこのプロジェクトに応募したのは。

昔の小説に出てくる、“迷子”ってものに、もの凄い憧れがあったからだ。迷子。迷うんだよ、街の中で。自分がどこにいるんだか判らなくなる、らしい。

昔の小説を読んでいて、まあ、時代が違うから、感覚的に判らないことは沢山あったんだけれど、中でも、“迷子”っていう概念が、本当に私にはよく判らなかった。そもそも、ちゃんと計画された都市の中で、“道に迷う”っていうのがよく判らないし(文字が読めない年の子供なら、確かに都市の中で自分がどこにいるのか判らなくなる可能性はある、けど、ちゃんと歩いていれば、嫌でも都市の中央部に出るに違いないと思うんだけれど・・・その状況で、どうやって、迷えるんだ?)、その前に、今はみんな、自分の携帯端末持って歩いているでしょ?したら、位置情報はそれ見ればすぐに判る筈。親とはぐれるなんて、どうすればできるのかが、そもそも判らない。

で、それが私には、何だかとっても素敵なことに思えてしまったのだ。んー、ファンタジー小説っていう分野があるじゃない、そこに描かれている“ナルニア”とか“ホビット庄”とか、そういうところに紛れ込むような感じが・・・“迷子”という言葉には、あったのだ。

でも。子供の頃の私は、迷子になることができなかった。(というか、私の世代の子供には、これ、無理。携帯端末を捨てるとか、悪漢に誘拐されちゃうとか、そういうことでもない限り、そもそも迷子にはなれないと思う。)

計画都市は、確かに素敵。動線がとっても綺麗で、本当に判りやすい。これのおかげで、人間は、物理的・社会的に、かなり楽になったし、それが社会に、物理的・経済的なゆとりを与えてくれたのはよく判る。

けれど、この素晴らしい都市は、人から、とある、特殊なものを奪っちゃったんじゃないかな、って、私、思わない訳でもない。迷子になる自由を。試行錯誤する権利を。失敗する可能性を。そういうものを、私達は、奪われていたんじゃないのかな。(こんなことを思ってしまうから、私はあんまり社会に適応できていないんだろうな・・・。)

と、まあ。

そんな訳で、私はこのKプロジェクトに参加した。これから、私達六人は、ここで、まったく新たな都市を作ってゆくことになるのだ。迷子になったり、失敗をしたり、試行錯誤をしたり、いろんなことが、できるのだ。六十を過ぎて、還暦を過ぎて、子供になって・・・そして始める、壮大で新しいお遊び。

きらきら。わくわく。どきどき。うきうき。

さあ。いってみようっ!

ショートショート
新井 素子(あらい もとこ)
1960年 東京都練馬区生まれ。
1978年 第1回奇想天外SF新人賞に応募した「あたしの中の……」が佳作入選。
     高校2年生という若さでデビューを果たす。
1981年 『グリーン・レクイエム』で第12回星雲賞日本短編部門を受賞。
1982年 『ネプチューン』で第13回星雲賞日本短編部門を受賞
1999年 『チグリスとユーフラテス』で第20回日本SF大賞を受賞している。
イラスト
麻宮騎亜(あさみや きあ)
1963年 岩手県北上市生まれ。
アニメーターを経て、1987年に『コンプティーク』(角川書店)に掲載された「神星記ヴァグランツ」で漫画家としてデビュー。
画集に『麻宮騎亜画集』『麻宮騎亜 仮面ライダーフォーゼ デザインワークス』『STUDIO TRON ART BOOK 1993』などがある。
代表作「サイレントメビウス」「快傑蒸気探偵団」「コレクター・ユイ」「遊撃宇宙船艦ナデシコ」「彼女のカレラ」他。
作中に関連するシミズの技術
シミズドリーム:環境アイランド GREEN FLOAT
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テレビCM:「つくるに夢中シミズキッズ」篇30秒