2050年脱炭素社会の実現に向けて、建築・土木の現場ではさまざまな取り組みが進められています。このほど、従来の埋戻し工事の課題を克服し、なおかつ環境への配慮も抜群という画期的な埋戻し工事用の地盤材料が開発されました。すでに建設現場での適用も始まっているこの材料の開発者に話を聞きました。

現場を悩ませていた杭を撤去した後の埋戻し
建設工事には埋戻しという工程があります。埋戻し工事は、地下工事で掘削した部分を、ソイルセメント(土とセメントを混ぜたもの、流動化処理土)で埋め戻す工事を指します。杭で支持されている既存の建物を建て替えるにあたり、杭の撤去が必要になる場合にも、杭撤去後の空洞部を埋め戻す必要があります。しかし、杭撤去後の空洞部の埋戻しに使用する埋戻し材には、基準類が存在しないという問題がありました。この既存杭の撤去に関する研究開発に取り組んできたのが、今回の主人公である栗本です。

「建築関係の仕事をしていた親戚の影響で、幼い頃から工事現場は身近な存在でした。大学では地盤工学を学びました。教授陣の熱量が非常に高く、講義の日を楽しみにしていました」
栗本は大学院で学んだ後、清水建設に入社します。技術研究所での最初の研究テーマは大地震時の格子状地盤改良の液状化抑制効果を評価するというものでした。
その後、既存杭の撤去・埋戻しに関するテーマを自ら起ち上げて取り組むことになります。その動機について、栗本は次のように話します。
「近年、再開発や建替案件が増えており、既存杭を撤去して埋め戻した地盤の品質不具合が業界全体で問題視されていました。また、入社1年目の現場研修時の工事長に、既存杭の撤去と埋戻しについて、技術研究所としてマニュアルの整備も含め、現場目線の技術開発を期待していると言われていたこともあります」
なぜ杭を撤去した後の埋戻しがそれほど難題だったのか。その理由の一つとして、杭の長さが関係していました。
「杭は長いものだと30〜50mになります。それをソイルセメントで埋め戻すとなると、一度での埋戻しは困難で、何度も打ち継ぐことになります。すると、ソイルセメントの水が上がってきてしまう材料分離と呼ばれる現象が顕著になり、ソイルセメントの深さ方向の物性が不均一になります。浅いところでは強度が発現せず、深いところで高強度になることもあります。そこに新しい建物の基礎として杭を打とうとしても、設計通りに施工出来ないなど、施工不具合の原因になります」
杭を撤去した後の埋戻しに用いるソイルセメントには、明確な基準やマニュアルが存在しないのが現状で、ソイルセメントを製造するプラント企業の知見頼み。しかも、埋め戻した地盤に対する深さ方向の地盤調査もこれまで実施されることが少なく、その後の不具合はすべて施工者の責任になってしまうという課題がありました。
立ち話から始まったバイオ炭の利用
栗本はまず、ソイルセメントの施工後の物性を改善する方法を検討し始めました。どうしても上がってきてしまう水をどう処理すればいいのか、さまざまな方法を検討し、現場で試していたといいます。
「試行錯誤して、なかなかうまくいかないときに、技術研究所内の立ち話で同僚にバイオ炭という材料があると教えられました。よく調べてみると粒子構造が多孔質な材料であることがわかり、最初はちょっと入れてみようかという軽い気持ちで試してみました」
栗本が着目し、使用したバイオ炭は、木質バイオマスの炭化物で、時間の経過とともに徐々に吸水する特性を備えています。
実験の結果は上々でした。しかも、バイオ炭は炭素を固定化した材料であることから炭素貯留にも貢献できると、まさに一石二鳥。従来のソイルセメントの製造プロセスに、バイオ炭を添加するだけと施工性も抜群です。

バイオ炭は吸水、さらに炭素固定とさまざまな特性を備えている
それにしても、ちょっとした立ち話から突破口が開けるとは、技術研究所という組織のユニークさや研究員たちの関係性が表れているようなエピソードです。
ちなみに以前、この「開発者ストーリー」内でご紹介したバイオ炭コンクリートは「SUSMICS-C」と名付けられていますが、栗本の開発した埋戻し工事用の地盤材料も「SUSMICS-S」と名付けられ、SUSMICSシリーズの一翼を担っています。
現場に役立てることがやりがいに
開発過程においては、どのような配合でソイルセメントとバイオ炭を組み合わせれば良いか、その最適解を見つけることに大部分の時間が費やされたと言います。そして検討開始からわずかひと月後には現場での実証実験が行われています。
「外部のソイルセメント専門プラントの協力で、ソイルセメントにバイオ炭を特別に添加して、SUSMICS-Sを製造していただきました。バイオ炭製造業者とプラント、現場との調整作業には苦労しました。プラントへのバイオ炭の納品作業、ソイルセメントへのバイオ炭の添加作業、現場でのSUMSICS-Sの品質管理など、いずれも関係者の理解と協力なくしては、現場適用は実現できませんでした」

SUSMICS-Sを適用した埋戻し工事は従来と変わらない工数で実施でき、現場からの評価も高い
栗本のこうした現場への強い関心はどのように生まれたのでしょうか。
「入社1年目の現場研修から8年目のスイス留学などの経験を重ねる中で、新しい技術を開発することへの興味の高まりを感じてきました。研究員というと現場から離れているイメージがあるかもしれませんが、今は現場に出て、関係者とともに試行錯誤しながら、開発技術をブラッシュアップできることにやりがいを感じています」
将来的には、山留め工事や建物基礎下の地盤改良などにもSUSMICS-Sを適用できるよう、開発・改善を進めていく考えとのこと。それだけに留まらず、スイス留学での経験からSUSMICSシリーズが脱炭素社会に寄与できることも、栗本の研究意欲に火をつけたようです。
「例えば、スイスのゴミ袋は日本と比べてかなり高価であったり、環境保護に対する意識の高さを見てきました。脱炭素社会の実現が求められる今後は、SUSMICSシリーズが必ず役に立つと思っています。これが私の生涯の研究題材になると考えています」
試験室だけなく現場でも確認と改善を何度も繰り返し、その成果を実際に活かしていく。そんな栗本のような研究者が、これからもさまざまな課題を次々に解決し続けていくことでしょう。