ビッグデータの活用が叫ばれるようになり早数年。AIやIoTとともに、業務効率化の旗頭として扱われがちなビッグデータですが、その実情は未だに不透明です。
しかし、クラウドサービスやハードウェアの充実によって、ビッグデータを扱う環境が成熟しつつあることは間違いありません。では、ビッグデータが具体的にどう社会を変革しうるのか、ビジネスの打ち手となるような活用事例を紹介します。
「手に負えないゴミ」から「情報資産」へ
まず、ビッグデータと呼ばれているものの正体について、簡単に整理しておきましょう。今、ビッグデータと呼ばれているデータの多くは、かつて「手に負えないゴミ」と揶揄されるものでした。人間が吐き出したテキストや音声・画像は、機械がルーチン的に処理できるものではなく、まさに「煮ても焼いても食えない」代物だったのです。こういったデータは「非構造型データ」と呼ばれています。工場、オフィスなどに設置されているセンサーや防犯カメラのデータもこれに該当します。
これら非構造型データを解析し、そこから意味のある情報を抽出するには、膨大な処理能力を持ったシステムが必要です。
近年、ハードウェアの処理性能が向上したことで、かつてはゴミだと認識されていた情報から価値を引き出すことが可能になっています。CPUの集積度が38年で30万倍、メモリは30年で100万倍、処理アルゴリズムは10年で3,000倍の情報処理を可能にしました。こういったハードウェアの進化により、ビッグデータが情報資産へと変貌するに至ったのです。
では、具体的にどういった方法でビッグデータから価値を抽出しているのでしょうか。
IoTとビッグデータがもたらす真の「見える化」
2018年現在、ビッグデータを使った価値創造の手段として注目されている「定性データの見える化」。定性データとは「数値化しにくい質的な情報」と表現できます。もっと単純にいえば「いくつ売れたのか」ではなく「なぜ売れたのか」を表すデータです。そこには消費者のライフスタイルや行動範囲が含まれます。例えば、人気のあるオフィスビルがなぜよく使われるのか、といった抽象的な問いへの答えが隠れているのです。しかし、当然これらは単一の数値では説明しにくいものです。
そこで、建物内のいたるところにIoTセンサーを設置し、消費者の行動を逐一記録していきます。消費者の行動が凝縮されたビッグデータは、データ解析が行われたのち、「消費者の好み」を推測する材料になります。これを利用して、消費者に好まれるオフィスレイアウトや設備を割り出し、施設の運営に役立てるというわけです。
清水建設では実際に、独自開発した「施設内IoT基盤システム」とNTTテクノクロスが提供するデータ解析・見える化システム「Yellowfin」、オープンソースの検索エンジン「Elasticsearch」を組み合わせ、オフィスの使われ方(定性データ)を見える化しています。この仕組みが機能すれば、不足しがちな打ち合わせスペースの数や、執務スペースにおけるデスクの配置などを最適化し、「使いやすく消費者に好まれる」オフィスの構築に役立てられるでしょう。
また、定性データの見える化は「最適解」をリアルタイムに求められるため、季節や月単位でオフィスレイアウト変更も可能にします。オフィスを使う人々の行動から、常に変化する最適解を導き出せば、経営リスクは格段に軽減できそうです。
ビッグデータで「最悪のシナリオ」を回避するCPS
また別の例では、ビッグデータとCPS(サイバーフィジカルシステム)との組み合わせが、一種の「未来予測」に近い働きをするとも考えられています。
CPSはもともと、製造業において、物理世界の情報を仮想空間に集積し、高度なテストやフィードバックを可能にする仕組みとして活用されてきました。しかし、近年ではクラウドやインターネットとの組み合わせで活用範囲が広がり、他の産業分野でも応用が始まっています。CPSは、仮想空間から得られたフィードバックをもとに現実世界を制御することに長けています。そのため、やり直しの利かない規模の大きな事業(建設・インフラなど)で有効だと考えられているのです。その中でも今回特に注目したいのは、「安全対策」です。
例えば、建設現場において「事故に対するリスクヘッジ」を高精度で行いたいとしましょう。この時、まずはIoTセンサーを通じて現場から収集した種々のデータ(地形、湿度、温度、構造物の規模など)をCPSに投入します。CPSでは、現実世界の情報をもとにあらゆる事故のシナリオをシミュレーションし、その結果をIoTによって接続された建設現場の機械へと送信します。あとはあらかじめ工作機械に、「事故を起こしやすい動作」を回避するよう命令できれば、事故による最悪の事態を自動で回避できます。
ビッグデータとCPSによる高度なシミュレーションが、現場ごとに異なるリスクファクターを考慮しながら、事故を回避する行動を示してくれるのです。規模が大きいうえに、現場ごとに環境が大きく異なり、やり直しが利かない建設・インフラ業界にこそ必要な仕組みではないでしょうか。
サイバーからフィジカルへ~ビッグデータが具現化する未来
このようにビッグデータの活用は仮想空間上を飛び出し、現実世界にこそ重きを置くべき時代になっています。効率化やコスト削減対策として使われがちなビッグデータですが、より高度で連続性のある予測にこそ、価値を見出すべき時がきているのかもしれません。
- 佐京 正則
- IT業界にてエンジニアやERPコンサルタントとして勤務後、独立。主にITトレンドやビジネス、不動産投資などの記事を得意としている。