技術とは、一度開発されたらそれで終わりというものではありません。基礎テクノロジーの発達、社会の変化、それに呼応する利用スタイルの変更などに応じてアップデートされ、ときにはそれまでとはまったく異なるものに姿を変えて、脈々と生き続けていくものです。
「開発者ストーリー」で取り上げたAIスーツケースにも多様な技術が受け継がれています。
中でも重要な位置を占めた技術のひとつが、2017年に発表された音声ナビゲーションシステム。この開発を担当した貞清、そしてAIスーツケースの開発に奮闘する二人の技術者に、話を聞きました。
AIスーツケースの源流にあったソリューション
AIスーツケースのルーツを辿っていくと、清水建設が開発した音声ナビゲーションシステムがあります。音声ナビゲーションシステムとは、位置測定機能と音声ナビゲーション機能、対話機能を備えたスマホアプリと空間情報データベース、位置情報インフラ、さらに車イス利用者に向けた障がい者用エレベータのリモート呼び出し機能などを協調させ、建物内外の移動をサポートするソリューション。開発を担当していた貞清は次のように当時を振り返ります。
「2014年頃、建物内の人の位置情報を活用して空調や照明を制御する技術開発をしていた私に、当時の経営トップから直々に音声ナビゲーションシステムの開発という話が舞い込んできました。人の位置情報という技術的共通点こそあれど、私としてはメインのテーマとはかけ離れた内容、しかもスマホアプリという建設会社とは異なるフィールドの技術開発。『自分で大丈夫なのか』という気持ちでした」(貞清)
そんな彼の心境は開発を進めていくうちに少しずつ変化していきます。そのきっかけは多くの障がい者の方たちと接する機会を得たことでした。
「それまでは、『親切にしなければならない対象』としか考えていなかったのですが、実際に対話を重ねてみると、彼らをサポートする技術さえあれば社会参加の機会や範囲がより広がることがわかったのです。これは意義のあることだと、頑張らないとと思ったものです」(貞清)
苦労の末に貞清が生み出した音声ナビゲーションシステムは、2017年2月に「高精度な屋内外ナビゲーション・システムの実証実験」として公開され、2019年には日本橋・室町エリアにおいて、バリアフリーナビゲーション「インクルーシブ・ナビ」として社会実装されるに至っています。
AIスーツケースに受け継がれた技術
現在AIスーツケースの開発を主導する木村は、AIスーツケースには音声ナビゲーションシステムから引き継がれている技術があると話します。
「建物内で個人を特定する位置情報についての知見やノウハウはAIスーツケースに受け継がれています。また、目下の課題である音声発話機能の実装も音声ナビゲーションシステムから継承している技術のひとつです。視覚障がい者の方を案内する際に、無言でどんどん進んでいくのではなく『左に曲がります』とアナウンスしたり、ロボットが持っているマップ上にトイレがあれば『右手にトイレがあります』と目的地以外の情報を提示できれば、初めての場所やよく知らない環境でも安心していただけるはずです」(木村)
また、木村と共に開発に尽力している中西もAIスーツケースが発展・進化する方向のひとつに、より自律的に動作できるようになることを挙げています。
「最初のコマンドどおりに動くことはもちろんですが、ロボット自身が周囲の環境を判断して対応する機能は、他の場面でも役立つと思います。AIスーツケースに搭載されるカメラも、もっと使いこなせることができるはずです。カメラから得られたより多くの情報からナビゲーションに有用な情報を取捨選択し、臨機応変に立ち回れるロボットにしていきたいです」と目を輝かせます。
実現するまで成し遂げる
では、貞清自身が先輩たちから受け継いできたものはなにか、尋ねてみました。
「先輩の方々や仲間たちから多くのことを学んできた中で、特に意識づけされたのは、実現まで成し遂げるということです。発想したアイデアやコンセプトも実現させなくては、ただ考えただけで終わってしまいますから。巻き込まれたメンバーは迷惑かもしれませんが(笑)」
これまで取り組んだものには、うまくいかなかったものも少なくないと笑う貞清。しかし、どんな天才バッターでも3割打てれば上々というもの。さらにそれがうまく運んで実案件に採用されたときは、チームのみんなで大きな達成感を味わえると彼は話します。
技術者としてのスタンスも継承
貞清の技術者としてのあり方にも、木村は大きな影響を受けていると話します。
「これまで技術開発だけに取り組んできたので、開発した技術を最終的にどのような人にどのように使ってもらうのかというゴールまでを視野に入れ、一貫性を持ってプロジェクトを進めていく貞清さんの方法論はとても参考になります。貞清さんは技術だけでなくマネジメントも高いレベルで両立させており、開発した技術が社会をどのように変えていくのかという遠い地点まで目線が行き届いている、そんな姿には憧れます」(木村)
そんな木村のコメントに対して貞清は次のように話しました。
「社外の技術者と会話するときには、技術面では当社の代表として話を進めなければなりません。また、社外の経営層に近い協力者と折衝する際は、プロジェクトが達成した後の世の中の姿を伝えることも必要です。もし私にマネジメント力があるなら、そんな経験に育てられてきたのだと思います」(貞清)
木村や中西といった次世代を担う技術者には大いに期待しているという貞清。
「このプロジェクトは大変な一方で、コンソーシアムを通じていろいろな技術者と交流できるメリットもあります。2人にはこの好機を逃さずにいろいろなことを吸収して、視野の広いエンジニアになってもらいたいですね」(貞清)
ひょんなことから貞清が灯した技術の明かりは木村、中西といった次代を担うエンジニアたちに確実に継承されているのです。