ここのところ、自然災害はますます激甚化しているように見えます。でも、なんの前触れもなく突然襲ってくる地震とは異なり、大雨や強風、両者を伴う台風などは、事前にその襲来を察知し、対策を講じることができます。迫りくる災害のリスクに対して時系列で誰が何をすればいいのか、そんな対策をまとめた防災行動計画のことをタイムラインと呼びます。このタイムラインをデジタル化、システム化したソリューションが「ピンポイント・タイムライン®」です。これを開発した技術者たちに話を聞きました。
タイムライン運用を強力に支援
タイムラインの有効性が初めて確認されたのは2012年のこと。アメリカ東部をハリケーン・サンディが襲った際、ニュージャージー州が住民避難にタイムラインを適用し、被害を最小限に抑えたのです。これを受けて日本でも2014年頃から普及が始まり、2016年には国土交通省が指針をまとめるなど、災害対策のスタンダードになりつつあります。
2017年、清水建設でも防災行動計画としてのタイムラインを導入することになり、その担当者に任命されたのが、後にピンポイント・タイムラインの開発を主導することになる長谷部でした。
「技術研究所の風水害対策としてタイムラインを策定したのですが、実際に手掛けてみて、これはなかなか大変だなと思ったものです」(長谷部)
長谷部が“大変”と実感したのは次のようなことでした。まず、タイムラインを適切に運用するためには天気予報を常にチェックし続けなければなりません。そのうえ、警報が出たときに何をするべきなのか、マニュアルを確認する必要もあります。さらに組織として対応するためには然るべき関係者と情報を共有しなければなりません。そうした手間のかかる業務を自動化し、運用する人の負荷を軽減しようという想いが、ピンポイント・タイムライン開発のモチベーションになりました。
ピンポイント・タイムラインは気象モニタリングシステム、アラート通知システム、風水害対策報告システムと3つのサブシステムから構成されます。気象モニタリングシステムでは気象庁から発表された気象情報とユーザーが登録した地点の状況を地図上に重ねて表示します。緊急性の高い情報が発出された場合には、アラート通知システムが清水建設内で日常的に使われているSNSにてアラートをプッシュ配信します。これは風水害対策報告システムと連動しており、アラート内容に即した防災行動をチェックリスト形式で提示。しかも、対策の進捗状況を関係者全員で共有することも可能と、タイムラインに基づく防災行動が誰にでも把握でき、スピーディに実行に移すことができるシステムとして仕上げられました。
試験運用での困難を糧にシステムを改善
開発プロジェクトは2020年春にスタートし、スムーズに進んだとのこと。2021年には九州エリアの現場での試験運用を行うことになったのですが、そこで思わぬトラブルに見舞われました。
「2021年5月20日に九州エリアに大雨の早期注意情報が出たのですが、それに基づくアラートが1日に何度も発出されてしまい、現場から苦情が来てしまったのです」(長谷部)
ピンポイント・タイムラインでの経験を活かし、現在は病院に特化した水害タイムラインの共同開発にも取り組む
気象庁が発する早期注意情報とは、5日先までの警報級の可能性がある現象の発生を知らせるものですが、その発表のタイミングは決まっておらず、気象条件によっては1日のうちに何度も発表される情報だったのです。
長谷部とともに開発に携わっていた長谷川と齊藤に当時のことを聞きました。
「ほぼ同じ内容のアラートが頻発していることに気づいてからは、現場で情報を読み解く苦労があるとわかり、改善しなくてはという思いを強く持ちました」(長谷川)
早期注意情報に基づくアラートの出し方は、現場の声を聞きながら使いやすくなるような工夫を加えるなど、トラブルを糧にしながらもシステムは改善を続けてきました。
これがアラート自動集計ツールにつながった
「私はアラート結果をまとめる役割で、現場数が少なかったこともあり、結果を手で集計していたのです。このときはアラートが出ていたのは4現場だったのですが、同じようなアラートが続けて届いてしまったので『何時何分・どんなアラート』と手書きでメモするなど、とにかく対応に追われるだけになってしまったことを覚えています」(齊藤)
これを教訓に、アラートを自動集計するツールを作成しました。どの登録地点にどんなアラートが出たのかを、一覧表として表示できるツールです。
「このツールによって、全国のどの現場でいつアラートが出たか、といったシステム全体の挙動だけではなく、個々の現場でどのような対策が行われたかなど詳細な利用状況も簡単に把握できるようになりました。システムの運用監視だけではなく、分析にも役立っています」(齊藤)
より役立つシステムを目指して
2022年4月にはピンポイント・タイムラインの試験運用の場は全国の現場に拡大しました。
「現場によっては少ない人数で管理しているところもあり、そういう場合は天気予報を逐一チェックすることは困難です。しかし、このシステムで事前に対策を講じることができ、とても助かったという声をいただきました。また、経験の浅い社員がチェックリストを見て『これをやればいいのか』と対策内容を把握できることから教育目的にも使えるなど、さまざまな現場からうれしい言葉をいただいています」と手応えを語る長谷部。一方で、システムはまだ改良の余地があることも開発メンバーは認識・共有しています。
「2年の試験運用を通じて、現場の数だけ条件が異なるということを痛感しています。多様な条件の現場から生の声を吸い上げ、システムの改善に結びつけたいですね」と話す齊藤。
今後の展開の一例として、気象情報を活用した施工の合理化、工期の短縮、利益率の向上など、現場の業務生産性の改善にも応用できればと長谷部は話します。
「たとえば、コンクリート打設には資材やポンプ車の手配など、数日前から段取りするもの。それが直前に雨予報でキャンセルとなったら、その後のスケジュールにも影響が及びます。そういった事態を減らすことにもこのシステムは貢献できると考えています」(長谷部)
さらに建設現場だけではなく、工場などの生産施設をはじめ、風水害のリスクがあるあらゆる施設への適用も広く考えられるとのこと。
備えあれば憂いなし。ピンポイント・タイムラインのように使い勝手に優れたシステムが普及すれば、防災行動もより一般的になり、人々の防災・減災に対する意識も向上していくことでしょう。そしてそうした積み重ねこそが、災害に強い国造りの礎になっていくはずです。