ゼネコンは商業ビルやオフィスビル、ダムやトンネルを作っているだけではありません。音楽ホールや劇場、講堂など、音響性能が重視されるような建物や施設も守備範囲です。そして、そうした建物を作る際に活躍する音響の専門部隊が技術研究所にはあります。このほど、その部署が画期的なデジタルツールを開発しています。今回お届けするのは、その開発にまつわるエピソードです。
こうしておけばよかったのに
音響性能が問われる建物を設計するには、そうでない建物の設計と比べ、“ひと手間”加える必要があります。これまで、その“ひと手間”とは次のような流れで行われていました。
- ① 設計者が建築用CADソフトで建物や部屋の形状の設計データを作成する
- ② 設計データを音響の専門家が音響予測計算ソフトウェアに入力し、多様な条件を設定して計算・可視化する
- ③ その結果を音響の専門家が検討・評価し、音響上、設計変更が望ましい場合は設計者に戻す
- ④ 設計者は設計データを修正する
こうしたプロセスを両者が妥結できるまで何度でも繰り返すわけです。“ひと手間”と書きましたが、とうてい“ひと手間”どころでは収まらない労力と時間、コストがかかることがわかります。
ここでいう音響の専門家が環境基盤技術センターの音環境グループに所属する研究者たちというわけです。
ところが、音響の検討は設計プロセスの後期から始まることが多く、設計変更のための手戻りで時間やコストが余計にかかったり、その段階では設計変更が難しいという場合もあったのです。
音響の専門家のノウハウを自動化
今回開発されたデジタルツールとは、建物の音響性能をリアルタイムに予測・評価するシミュレーションツールです。その開発プロジェクトを主導した清家は次のように語ります。
「意匠設計者が使っている3次元CADのプラグインツールを使って構築したツールで、3次元CAD上で音響シミュレーションができるようになっています。設計者自身で設計の初期段階から音響の検討ができますし、その結果が部屋の用途に応じて評価まで自動で行われるため、デザインを変更しながら繰返し音響の検討ができることがポイントです」(清家)
「残響時間2秒」という結果が出たときに、その良し悪しを評価するのは音響の専門知識がないと困難です。音楽演奏に使われるホールなのか、講演がメインとなる多目的ホールなのかによって最適な音響性能は異なるなど、その部屋の用途や大きさによって評価が変わるからです。評価に音響の専門的な知識が必要というのはそのような意味なのですが、そうした専門家のノウハウを自動化して搭載しているということが、このツール最大の特徴と言えるでしょう。
「このツールでは、評価に必要な部屋の用途や大きさ、予定している内装仕上げの種類など、設計者が把握できる内容を入力すれば、さまざまな評価指標値を自動的に算出し、その値の大きさに応じて『良い・要検討・悪い』といった評価を自動的に提示します。これは今までのツールではできなかったことです。また、ホールの中の音がきちんと反射して拡がっているか、音が届きにくい席がないかなどを確認できるように、席ごとに評価結果を表示することもできます」(清家)
「音響」×「デジタル」がこのツールに
このツールを開発するきっかけについて、清家は次のように話します。
「音環境グループ内でデジタルで何ができるかを議論していた2020年頃、ある音楽ホールの設計に関連して、3次元CADデータを活用したシミュレーションをやりたいというお話を当社のデジタルデザインセンター(以下、DDC)からいただいたことがきっかけです」(清家)
このときは音の反射経路の可視化、音圧分布や残響時間の計算などに取り組んだそうですが、その際に、これを誰もが利用できるツールとして開発してみては、という話になり、DDCと共同で開発することになったとのこと。
こうして開発をリードすることになった清家ですが、時はコロナ禍の真っ最中。いきなり逆風の中でのスタートとなりました。
「私自身、他部門と連携して進める開発は初めてで、しかもリアルで顔を合わせたことが一度もない人も少なくなく、オンライン主体でいかに開発を進めればいいのか、手探りで突き進んでいたのが正直なところですね」と清家は当時を振り返ります。
活躍の場はさらに広がる
このツールは前述したように、音響が重視される建物・施設への適用を前提に開発されたものですが、完成してみるとオフィスの設計にも使いたいという声をはじめ、社内的に大きな反響を巻き起こしています。
「モデル作成から予測計算、評価までできるのがこのツールのポイントですが、現状のままオフィスの設計に適用するには少し使いにくい部分があります。ということで、今はオフィス用にツールの機能拡張を実施しています。近年、フリーアドレスの普及や働き方改革を受けて、今までにない斬新な形状のオフィス空間が登場してきています。さらにコロナ禍を経てリモート会議が一般化したことなどを受けて、オフィスでも新たな音の問題が顕在化しています。今、着手しているバージョンはそうしたニーズにも応えられるものにしていく予定です」(清家)
設計者が早い段階から音の性能に配慮しながら設計を進めることができるようになれば、設計の自由度が高まるとともに、コストダウンや工期短縮にも大きな貢献を果たすでしょう。さらにその先は、清家の言うように、良い音環境の建物や音響に配慮された働きやすいオフィスが日本全国に増えていく未来につながっているはずです。