当社は、高い音響品質が求められるホール、劇場などのデザイン検討の合理化を目的に、設計初期段階での3次元CADデータから建物の音響性能をリアルタイムに予測・評価できる音響シミュレーションツールを開発しました。
本ツールは独自の音響解析プログラムを3次元CADツールと連携させたデジタルデザインツールです。対象施設の3次元CADデータに対し、ツール上で床や壁の素材を選択するだけで音響シミュレーションを行うことができます。シミュレーションの結果は室用途に応じた推奨値をもとに自動で評価され、3次元モデル上には評価結果によって色分けされた受音点が表示されるなど、音響の知識がなくとも一目で音響性能の良否がわかります。今まで設計後期に行われることが多かった音環境の検討をプロジェクトの初期段階から行うことができるため、音響性能を確保するための設計の手戻りが少なく、全体的な工期の短縮、コストの削減に繋がります。
現在、ホール2件、学校講義室2件、オフィス4件、アリーナ2件などに適用事例があります。
インデックス
背景
これまで室内音響の検討の多くは、設計後期に行われていました。しかし、設計の方向性がほぼ決まっている段階で、音響性能を確保するための設計変更は自由度が低く、変更に伴うコストも大きくなる傾向がありました。また、汎用の音響シミュレーションツールは、建築音響の専門的な知識がないと扱うことが難しいため、専門家への相談が欠かせませんでした。
そこで、音響の専門家の室内音響予測の評価に関するノウハウを自動化した本ツールを技術研究所と設計本部デジタルデザインセンターで共同開発。設計者が簡単にシミュレーションを行うことができるうえ、総合的な評価結果も数値で算出するため、室用途に対して適しているか否かも一目で判断することができます。
室内音響予測・評価ツールの概要
設計ツールに組み込むことができる
本ツールを設計者が普段使用している3次元CADツールに組み込むことで、通常の設計業務の中で音響シミュレーションを行うことが可能です。
はじめに3次元CADソフトウェアで対象のモデルに対し、床や壁素材などの与条件を選択します。次に解析用の音源・受音点を設定します。解析を実行すると、独自開発の音響解析プログラムが3DCADモデルを読み込み予測計算を行います。
5つの音響評価指標値を算出
予測結果は、室用途に応じた推奨値などをもとに自動で評価し、総合判定を出すことができます。その結果に応じて設計を変更、あるいは音響専門家へ相談することができるので、初期段階で設計の大まかな方向性を決定することが可能です。
通常、予測結果に対する評価は、専門家が経験や文献を参考に判断していますが、本ツールでは、今までのさまざまな室用途ごとの測定事例、文献などを参考に当社 技術研究所音環境グループが数値として体系化したものを推奨値として独自に設定しています。
可聴化システムを活用した音響予測
当社では、1960年頃から音の測定技術が整備され、1975年頃には残響時間の評価に関する研究、室内音響予測に関する研究、床衝撃音の予測・対策に関する研究が進められました。
1986年頃には室内空間における音の響きや伝わり方を設計段階で予測した結果が実務案件へ適用されていました。同時に、専門家以外にもわかりやすく伝わるように予測結果を音として提示する可聴化システムを実用化しました。可聴化の仕組みは、本ツールでもシステムの一部として構築しています。
シミュレーション結果の可視化
音響評価ツールの精度を検証
小ホールを事例とし、実測値とシミュレーション結果を比較しました。
それぞれ残響時間を算出し比較したところ、その差は-0.01~+0.11秒であり、実用的な予測精度であることが確認できました。
可聴化システムで体感!
音響シミュレーションの結果を
実際の音にして試聴・確認することができます。
体育館の例
今後の展望
ホールや劇場などの高い音響品質が求められる建物を対象として開発した本ツールですが、最近では、吹抜けなどを持つオフィスビルやオープンなオフィス空間に対しても使われ始めています。執務空間では、これまで、屋外の交通騒音・環境騒音をはじめ、隣接する部屋から聞こえてくる音を、外壁や間仕切りで遮音することがほとんどでしたが、コロナ禍や働き方の変化によってWeb会議が一般化し、オープンスペースや執務室の自席での打合せが増加する中、話し声による周囲への影響が顕在化しています。
そのため、ホールなど音の響きが重要な施設へ本ツールの適用を広げるとともに、今後音環境への配慮が大切になるオフィス空間の音響設計にも適用できるよう、機能を拡張していきます。