AIを活用した生産性向上を目指す清水建設は、現在、さまざまな分野での活用法を模索しています。トンネル工事の計画立案をAIが代行する「シールド掘進計画支援システム」もその一つ。AIはいかにして安全で効率的な工事計画を立てるのでしょうか?ヒントはゲームにありました。
きっかけはWEB動画
多くのトンネル工事に活用されている、シールド工法をご存知でしょうか?円筒形のシールド掘進機で地中を掘り進めながら、セグメントと呼ばれるトンネルの壁面を構成するブロックを設置していく工法です。施工には安全かつ無駄のない掘進計画の立案と、計画に基づいてシールド掘進機を適切に操作する技術が求められます。
このシールド工法にAIを活用できないかと可能性を探ってきたのが、清水建設の中谷 武彦です。
中谷はこれまでにも、シールド掘進機の操作を自動化する「土圧制御AIモデル」「方向制御AIモデル」の開発を進めて来ました。熟練オペレータが地盤の状態を見極めながら、掘削スピードなどをコントロールする手法をデータ化し、AIに再現させるというものです。精度向上のためには、膨大な数の現場データを蓄積、解析していく必要があり、現在は元になるデータの収集を各現場で続けています。
その間、他の作業にもAIを活用できないかと探っていた中谷は、WEBで公開されていた動画に目を奪われます。それは、某IT企業がブロック崩しと呼ばれるゲームをAIに学習させてみたというもの。いわゆる、強化学習の事例として公開していた動画でした。
動画ではプレイ回数を増すにつれ、AIがハイスコアにつながる手法を学習し、瞬く間に上達していく様子が映し出されていました。中谷は、これもトンネル工事に応用できるのではと考え、研究をスタートします。
工事をゲーム化しAIがプレイする
シールド掘進機を用いたトンネル工事は、施工に先立ち入念な計画が立てられます。計画線形とよばれるトンネルの道筋に沿ったシールド掘進機の運転方法や、直線部と曲線部で異なるセグメントの割付方法など、検討事項は多岐にわたります。これをAIに計画させようというのが、「シールド掘進計画支援システム」です。
ポイントは、シールド掘進をゲーム化すること。つまり、理想的な掘り進め方に近いほどハイスコアが出るという仕組みをプログラミングし、AIに何度もトライさせました。
私たち人間が初めてのゲームに挑戦する時のように、AIも最初の数トライでは計画されたラインから大きく外れてしまったり、無駄に土を掘ってしまうなどして、すぐにゲームオーバーとなってしまいます。しかし、数千回、数万回と繰り返すうちにコツをつかみ、最終的には文字通り、ベストスコアに到達。つまり、最も効率的なシールド掘進計画を完成させるのです。
「現段階では、ベストスコアを出すまでに何億回ものトライが必要」と語る中谷。次の課題である学習効率の向上に向けて、共同研究をしている名古屋工業大学と試行錯誤を続けています。
計画と修正の手間を削減
実際の工事現場においては、施工を開始してからも随時、計画の修正が行われます。そのため、直近の掘進状況をふまえた修正計画のシミュレーションにも「シールド掘進計画支援システム」を活用すれば、現場技術者の労働時間削減につながることは間違いありません。
イメージとしては、日中の掘進状況を終了時に入力しておけば、翌日の工事再開までに修正計画ができているといった具合です。
また、今後はCIM※と連携することで、計画を3Dモデリングに反映させることを目指しています。誰が見ても分かりやすい形にすることで、関係者間の情報共有がよりスムーズになり、トンネル工事全体の効率化にも貢献できるでしょう。
Construction Information Modeling…計画、調査、設計段階から構造物を3Dモデリングし、モデル自身に各種情報を付加することで、関係者間での情報共有を効率化する取り組み
熟練の技をAIに伝えていきたい
トンネル工事の現場は、ひとつとして同じものがありません。地形や計画線形が変われば、使用するシールド掘進機やセグメントの種類も変わります。今後の課題は、多彩な現場に対応できるようプログラムしていくこと。さらにその先には、別途、開発を進めている熟練オペレータの操作を再現する「土圧制御AIモデル」「方向制御AIモデル」と組み合わせた、トンネル工事の完全無人化があります。
中谷は「ルール化とスコア設定ができる作業であれば、AIに任せることができる」と、他分野への応用にも意欲を見せています。熟練の職人達が培ってきた技術を、ゲーム化してAIに教え込む。人手不足が叫ばれる建設業界を救うためには、中谷のようにAIを一人前の職人に育て上げる師匠が必要なのです。