2018.05.27

開発者ストーリー

山岳トンネル工事にAR技術を導入したら、大幅な作業工数の削減につながる

プロジェクションマッピング

「プロジェクションマッピング」という技術をご存じでしょうか。建物や家具、人物といった立体物にプロジェクターを使って映像を投影する表現手法。建物の壁面に模様を描いたり、ゆらゆらと動かしてみたりと驚くような演出が可能で、幻想的な空間を作り出す手法として注目されています。東京駅や姫路城など各地で実施されたほか、リオデジャネイロ五輪の閉会式でフィールドに鮮やかな映像が投影されたのも記憶に新しいところ。

清水建設 技術研究所地下技術グループ 青野 泰久
清水建設 技術研究所地下技術グループ 青野 泰久

このプロジェクションマッピングを、華やかなイベントとは無縁の山岳トンネル工事の現場に持ち込み、長年の手法を大きく変革しようとしているのが、清水建設技術研究所地下技術グループの青野泰久です。青野はトンネル底面の掘削工事をする際、掘削位置や掘削必要量の計測に大きな手間がかかっていることに着目。プロジェクションマッピングによってトンネル底面を色分けし「どこをどのくらい掘ればいいのか」が一目で分かる「SP-MAPS」を開発しました。現実の掘削面に、コンピューターで生成した画像を重ね合わせることで情報を付加する、AR(拡張現実)と呼ばれる分野の技術です。

10分以上の計測作業をわずか1分に

プロジェクションマッピングを使った新しいシステムは、「トンネル工事の現場」をどのように変えるのでしょうか。山岳トンネル工事では、地質が不良である場合、トンネル上部にアーチ型の「鋼製支保工」と呼ばれる構造体を設置するとともに、底部にはインバートと呼ぶコンクリート製の底盤を築き、支保工と一体化してトンネルの変形や崩落を防ぎます。いわば工事の基礎を支える重要な作業です。

底面の掘削にはバックホー(アームの先端にショベルをとりつけた建設機械)などを用います。オペレーターが目分量である程度掘り、別の作業員が計測。その結果を見てさらに掘削を進める、という手順で工事を進めます。

従来の計測方法は、複数の作業員が施工用定規や糸を使って行うアナログな方法。1断面の計測に10-15分かかる上、計測のたびに掘削作業を中断する必要があり、作業効率の低さが課題でした。

青野が考案したSP-MAPSでは、3Dスキャナーを使ってトンネル内部の形状を計測。そのデータを設計データと照らし合わせ、掘削具合に応じて作成した画像を、実際の掘削箇所にプロジェクターで照射します。1度機材を設置してしまえば、一連の作業を一人で完了することができます。1回の作業にかかる時間は1分程度。従来の方法と比べて大幅に工数を減らすことが可能です。

さらに計測の際に掘削箇所に立ち入る必要がないため、重機との接触や掘削箇所に巻き込まれるといったアクシデントが発生する可能性も減少。工事の安全性を高める効果も期待できます。

3Dスキャナーで測るだけじゃつまらない、もっとおもしろく見せたい

青野がこのシステムを思いついたのは、入社1年目のとき。技術研究所の研修で山岳トンネルの工事現場を訪れたとき、さまざまな作業に3Dスキャナーが利用されていることを知り、大きな可能性を感じたそうです。「3Dスキャナーで測るだけではつまらない。もっとおもしろい見せ方ができないか?」

そんな疑問を抱く青野が3Dスキャナーのさらなる活用方法を考えていたとき、東京駅の駅舎にカラフルな映像が照射される様子を見て、「3Dスキャナーとプロジェクターの組み合わせ」というアイデアを思いついたのです。この閃きが、「SP-MAPS」誕生のキッカケでした。

3Dスキャナーとプロジェクターの組み合わせ

従来、トンネル底面の掘削作業は「どこをどのくらい掘るか」を知るために、重機オペレーター以外の作業員が計測します。計測作業員はその計測データを元に、重機オペレーターに指示出しを行う必要がありました。そのため作業員ごとの技術取得度や、作業経験年数によっては、完成品質に差が出る可能性がありました。SP-MAPSではプロジェクションマッピングによって実際の掘削面を色分けした情報を常時提示することで、掘削が必要な場所と量が直感的に分かるので、経験の浅い作業員でも確実に作業ができるようになります。

SP-MAPSに組み込むプロジェクターや3Dスキャナーは市販品を利用していますが、コア技術である計測データから、掘削状況の画像を生成するプログラムについては独自に開発を行いました。特に、掘削品質を左右する3Dスキャナーの姿勢や自己位置を推定するプログラムの開発は試行錯誤を繰り返し、精度向上に力を注ぎました。そして、施工中の山岳トンネル工事で実証実験を行い、計測や照射画像の精度について問題が無いこと、作業効率の向上に効果があることを確認しました。

今後は、解析ソフトウェアの汎用化、「SP-MAPS」機材の簡易軽量化、照射画像更新のリアルタイム化などの技術検討を行いながら、2018年度の実用化を目指します。

技術の力によって、工事をより効率的に、そしてより安全にするために研究を続ける青野。プロジェクションマッピング・AR技術の今後のさらなる発展にも期待がかかります。完全自動化されたドローンがトンネル構内を自由に飛び回り、その計測データを元に自動掘削ロボットが、山岳トンネルを掘り進める未来が現実になるのもそう遠くないかもしれません。