当社は、コンクリート材料を用いた3Dプリンティングによる構造物の構築を目的として、高強度と高靭性を両立させた繊維補強モルタル「ラクツム(LACTM)※」を開発しました。
ラクツムは適切に制御することによって、形状を維持したまま高く積み上げることができる3Dプリンティングに最適化された材料です。この特性を活かして、コンクリート工事においてコンクリート打設後も取り外すことなく構造物の一部として使用される「埋設型枠」を造形し、実適用に必要な構造性能と耐久性能を兼ね備えていることを確認しました。
当社は今後、ラクツムで積層造形した埋設型枠の現場適用を目指し、施工現場で実大型枠を直接プリントするオンサイト3Dプリンティングを実現するための研究開発を進めていく考えです。
LACTMは、Laminatable Cement-based Tough Materialの略。
背景
建設業界では慢性的な人手不足が懸念される中、特に鉄筋コンクリート造の施工では、省力化・省人化が喫緊の課題となっています。その解決の鍵となるのが部材のプレキャスト化です。
プレキャスト工法は、工場で製造したコンクリート部材を建設現場で組み立てるもので、現場における配筋、型枠組立、コンクリート打設工程が省略できる利点がある一方で、形状や大きさに制約があり、輸送や置き場、組立に必要なリソースの確保が難しいといったデメリットがあります。3Dプリンティングは、これらのデメリットを解消できる可能性があります。
3Dプリンティングのメリットは、大別すると以下の3つが考えられます。
まず、構造物を型枠レスで作れることが挙げられます。通常、コンクリートを使って構造物を構築するときには、豆腐やケーキを作るときのようにコンクリートを流し固めるための入れ物=型枠が必要になります。コンクリートが固まった後、型枠は解体され廃棄物となります。一方、3Dプリンティングは型枠なしでコンクリートを造形できるため、型枠工事の省人化・自動化のみならず、地球環境保全にも貢献できます。
2つめは、造形する形状の自由度が高いということです。これまでの型枠を使用した施工法では実現困難だった自由曲面の構築が可能となることで、意匠のニュアンスを表現する幅が広がったり、構造的に最適な形状を作れたりといったことが期待できます。
さらに、積層材料を途中で変更したり、中空構造を作ったり、埋設型枠内の充填材料に工夫を加えたりといったことで、複合的な性能やこれまでにない機能性を比較的容易に付加することができる可能性があります。造形に必要なのは図面(3Dデータ)と材料だけなので単品生産が可能であり、求められる品質に最適化した構造物を実現できる可能性が高まります。
ラクツムの概要
当社技術研究所内に3Dプリンティング装置を配備した専用実験施設「コンクリートDXラボ」を新設し、ラクツムの材料配合や圧送方法、プリント速度の最適化を図るとともに、積層構造物としての埋設型枠の構造性能を検証しました。
ラクツムの構成材料
一般的なモルタルでは形状を保ちながら積層することが難しく、施工効率と品質を同時に満足するためには、モルタルの構成材料から根本的に見直す必要がありました。
ラクツムは、通常のモルタルに用いるセメント、砂のほかに、長さ6㎜の合成繊維、高性能減水剤、混和材(シリカフュームなど)で構成されています。これらによって粘性を高め、高靭性化、高強度化を実現するとともに、固まるまでの時間の制御を可能にしました。高さ2.1mの実大規模柱型枠の造形実験では、プリント幅2~4cm、1層の厚さ0.7cm、秒速10cmで積層し、約2時間で造形を完了しました。本実験によって、建設スケールでの3Dプリンティングによるモルタル積層工法が、現実的に可能であることが実証されました。
ラクツムの特徴1:ポンプ圧送性と積層性の両立
ラクツムは、3Dプリンタによって形状を維持しながら高く積層できるよう、通常のモルタルよりも高い粘性を持っています。そのため、一定の速度で滑らかに押し出すことにより、型枠のように中に空洞を持つ(中空構造をもつ)積層体であっても崩れずに積み上げることが可能です。
通常のまだ固まる前のコンクリートにおける施工性能は、スランプ試験などでコンクリートの流動性や軟らかさを評価しますが、ラクツムでは流動性よりも積層性が必要とされており、既往の評価方法では積層性をうまく評価できませんでした。そこで、新たな試験方法を考案し、ラクツムの積層性を定量化しました。今回の工法では材料が固まる前に次の層が積み上げられていくことから、一定時間ごとに積載重量が一定量ずつ増していくという条件下での軸変形量を確認する試験を行い、3Dプリンティングに適した性能を持つ配合を選定しました。
ラクツムの特徴2:プリント層の稠密性
ラクツムは、固まるのを待たずにコンクリートを積み上げることができ、また、積層によって一層ごとに圧力がかかるため、積層面が馴染みやすいという特長があります。積層後に表層をカットして断面を確認すると、ラクツムが稠密に一体化しており、目視では積層面(1層ごとの境界面)の痕跡は見受けられません。吸水性能を評価する試験を行ってみても、一般的なコンクリートに比べて吸水速度が低い結果が得られ、水や空気の侵入を防ぐ性能を有していることが分かりました。
ラクツムの特徴3:高強度で高靭性
強度試験の結果、プリント後1日目から圧縮強度20N/mm2以上が発現することが分かりました。このため、プリント翌日には、積層体を現場に運搬し、使用することが可能になります。また、積層体から切り出した試験体は、従来と同じように型枠に打ち込んで作製した試験体の圧縮強度と遜色ない結果が得られました。このことからも積層面がしっかりと一体化していることを確認できました。
ラクツムは合成繊維が配合されているため、一般的なモルタルと比べて粘り強い性質を持っています。このことは、地震などによる被害を最小限に抑え、人々の安全を確保することに役立ちます。
今後の展望
ラクツムによる3Dプリンティング柱型枠は、(仮称)豊洲六丁目4-2・3街区プロジェクトに初適用しています。また、土木の案件でも埋設型枠としての適用が期待されており、今後、様々な場所で3Dプリンタによる構造物を目にすることになると思います。5年後の「オンサイト3Dプリンティング」実現を目指して、更なる研究開発を進めていきます。