当社は、病院の放射線治療室について、治療装置の高エネルギー化※1に対応した遮蔽計算手法を開発し、最適かつ合理的な遮蔽設計を可能にしました。
高エネルギー放射線治療装置の一つである「リニアック(直線加速器)」
近年は、がん治療の高度化に伴い、高エネルギーの放射線を使う治療装置が急速に普及しつつあります。放射線治療室は放射線を室外へ漏らさないよう厚さ1~3mの遮蔽壁で覆われます。しかし、リニアック装置の高エネルギー化に伴い顕在化した遮蔽壁内での光核反応※2による中性子などの放出は従来の手法では評価することができませんでした。そのため、治療室の設計にあたっては、遮蔽壁の壁厚や鉄板量に過度の余裕を持たせる必要があり、建設コストを増加させる要因となっていました。
本計算手法は、当社が構築した光核反応データベースに基づき、リニアック装置本体や遮蔽壁内で発生する光中性子の挙動を事前に解析するものです。これにより、安全性と経済性を両立した遮蔽設計が可能になります。すなわち、安全性を確保した上で遮蔽壁の鉄板量や壁厚を減らすことができるため、従来に比べ建設コストを2割程度削減することができます。また、装置メーカーが提供する標準仕様では対応できない複雑な形状の施設設計や、既存施設のレイアウト変更や装置の更新に伴う治療装置の配置検討等にも柔軟に対応可能です。
治療効果を高めるために、高いエネルギーの放射線を使う治療装置が増加。リニアック、PETサイクロン、陽子線治療装置、重粒子線治療装置など。
高エネルギーのガンマ線(光子)を物質に照射した際に起こる核反応で、原子核から中性子などが放出される現象。高密度の材料を通過する時に発生しやすく、線量を増加させる。
インデックス
標準仕様では対応できない複雑な形状にも対応可能
当社では、光核反応によって原子核から放出される中性子等の量や角度、エネルギー分布を核種別に評価し、実測データに基づく精度検証を重ねた上で約2,650核種を網羅した光核反応データベースを構築しています。本データベースは、その精度の高さから国際標準として活用されています。
さらに、シミュレーションに用いる線源モデルについても独自開発し、遮蔽壁を透過する放射線の挙動の3次元解析を基に室外への漏えい線量を評価する遮蔽計算手法を確立しました。本計算手法を用いると、対象とする治療室や治療装置ごとに厳密な計算が行えるため、安全性を確保した上で遮蔽壁の鉄板量や壁厚を最適化することができます。また、詳細な計算により、病院のニーズに合わせたレイアウト変更や、複雑な形状にも柔軟に対応することができます。
従来の手法では考慮できなかった「光核反応」とは
10MeV(メガエレクトロンボルト)を越える高エネルギーX線を使うリニアックでは、光核反応により遮蔽壁内で光中性子が発生するとともに、中性子の捕獲反応により、二次ガンマ線が増加します。
光核反応を考慮しない従来の手法で設計した遮蔽壁の場合、増加した分の放射線を遮蔽することができないため、管理区域外へ漏えいする放射線量が線量限度を超過します。このため、安全性の面から遮蔽壁の厚さを過度に大きくする必要がありました。
放射線量率の分布
- 従来の手法では光核反応が認識されていないため、高い放射線量が遮蔽壁内を透過するに伴い赤線から青点線のように低下するので、例えば1.16mの遮蔽壁でも安全とされていた。
- 実際は、光核反応により光中性子(黒線)が発生するとともに、ガンマ線が増加(赤線)し、管理区域外に放射線が漏えいするため、追加遮蔽が必要となる。
適用事例(改修)
厚い遮蔽壁を必要とするリニアック室は、一般に病院建物の地下階や1階に設置されるため、柱や免震構造などによる影響で遮蔽壁の構造に制約を受ける場合があります。
以下は、遮蔽壁中の鉄板の設置位置に柱が存在するため、鉄板を左右対称※3に設置することができない事例です。こうした場合、装置のメーカーが提供する標準仕様では対応できませんが、当社の計算手法を用いた結果、柱の内側表面に薄い鉄板を追加することで室外への放射線漏えいを抑えられることがわかりました。これにより、柱や壁などの構造体の改修に比べて、鉄板量の減少等でコストを10~20%削減できました。
通常は装置のアイソセンター軸に対称となるよう、遮蔽壁中に鉄板を設置する。