柚葉とユージーンは、月面に建設されたルナリングのオペレーションセンターで、宇宙に散らばるゴミ除去の任務に就いていた。ところがある日、月の岩石から酸素を作る装置にトラブルが発生する。残る酸素はわずか三週間分。助けが来るのは最短でも半年先。この危機的状況から二人は無事に脱出することができるのだろうか?
というのが、SF作家・伊野隆之氏によるSF小説「ルナからの帰還」です。この物語は清水建設と日本SF作家クラブとのコラボレーション企画「建設的な未来」の第4話として「テクノアイ」に掲載されています。実は、この「ルナからの帰還」の舞台となるのが、清水建設が実際に取り組んでいる「LUNA RING」なのです。
伊野氏とフロンティア開発室 宇宙開発部の鵜山尚大、鳴海智博の三名が、「ルナからの帰還」と「LUNA RING」について語り合いました。
SF作家
伊野隆之(いの たかゆき)
1961年、新潟県上越市の生まれ。2009年、経済産業省在職中に「森の言葉/森への飛翔」で第11回日本SF新人賞を受賞。翌2010年に受賞作を改題した『樹環惑星-ダイビング・オパリア』(徳間書店)で作家デビュー。2017年からタイ王国ホアヒンに移住し、執筆している。
清水建設株式会社 フロンティア開発室 宇宙開発部
鵜山尚大(うやま なおひろ)博士(工学)
2014年の入社。技術研究所に配属となる。2018年、フロンティア開発室に転属。月太陽発電「LUNA RING」に関する月面建設や月の資源利用の研究に携わっている。
清水建設株式会社 フロンティア開発室 宇宙開発部
鳴海智博(なるみ ともひろ)博士(工学)
2016年の入社。技術研究所に配属となる。2018年、フロンティア開発室に転属。大学時代から研究してきた人工衛星の開発やデータ解析に携わっている。
レーザーの方向を変えることで違う活用方法が生まれる
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鵜山
「ルナからの帰還」は、清水建設が構想している「LUNA RING」を題材とした未来の物語ですが、どのようにして着想されたのですか?
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伊野
清水建設さんのコーポレートサイトを拝見して「LUNA RING」を見つけたとき、「これだ!」と思いました。「月にレーザー装置があれば、こんなこともできるぞ!」と言うのが発想の原点です。この作品の中では、レーザー装置の持つ兵器にもなり得るという特徴から、本来、地球に向かってエネルギーを送るために作られているにもかかわらず、やむを得ずデブリ掃除に使われているという、いささかもったいない状況からストーリーが始まってます。最後は、より可能性が広がる使い方ができているので、SF的には良いかと思いました。
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清水建設サイドから読んで、どのような感想を持ちましたか?
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鵜山
普段、仕事で関わっている「LUNA RING」を舞台に、SFとして発展させたお話しを書いていただいたことは初めての経験だったので、とても楽しく読ませていただきました。
清水建設の「LUNA RING」は、物語でも書かれているように月で太陽光発電を行い、そのエネルギーをマイクロ波・レーザー光に変換して地球に向け伝送することで、クリーンエネルギーを活用するプロジェクトです。ところが、「ルナからの帰還」ではそのレーザーを宇宙船航行のために使っている。レーザーを別の方向に向けることで、我々が本来構想したこととは違う活用方法が生れることがとても刺激になりました。 -
伊野
僕は、作家クラブの有志がやっているウェブマガジンで宇宙発電に関係する作品を3つほど書いているのですが※1、発電用の衛星を静止軌道上に置くイメージでしたので、「LUNA RING」のように、月そのものを発電基地にしようという発想はなかったです。
レーザーを宇宙船航行のために使うアイデアは、僕のオリジナルではなく、実際に研究もされています。宇宙船を飛ばすのは、実際は推進剤を運んでいるようなものなので、推進剤を積まないで済む方法はとても合理的です。日本SF作家クラブ公認ネットマガジン「SF Prologue Wave」に「ミサゴの空」、「裂島」、「明けない夜」が掲載された。
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鳴海
私は大学時代にデブリ除去の研究に関わったことがあり、地球からレーザーでデブリを打つことを考えたこともありました。しかし、その方法はデブリを地球から遠ざけることは比較的容易ですが、減速させるには課題があります。「ルナからの帰還」では月からレーザーでデブリを打ち、地球に落下させることで消滅させる。私にはその発想がなかったので面白いと思いました。もちろん、技術的な壁はあるとは思いますが、アイデアに驚きました。
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伊野
離れたところにあるものを減速するというレーザーの使い方は、作品中に書いた火星のレーザーの使い方と同じです。宇宙では軌道上では遅くなれば落ちていくので、デブリの掃除方法としてはあり得ると考えました。今後、宇宙開発を推進して行くにはデブリは避けて通れない問題ですので、デブリ問題の解決策も盛り込んでみたわけです。ぜひ、清水建設さんで「LUNA RING」を活用してデブリ掃除もしていただければ(笑)。
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鳴海
もちろん、宇宙事業にも投資している清水建設としては、宇宙環境対策も企業責任として取り組まなければならないという気持ちはあります。
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伊野
地球環境問題もそうですが、宇宙環境問題も企業単独でどうにかできるものではありません。国際的なフレームワークで国家と企業が取り組まなければ解決しないでしょう。しかし、枠組みを整備することでたくさんの企業が参画し、新しい技術が生れ、デブリ対策も進んで行くものと私は考えています。
デブリ対策をすることで、「LUNA RING」のレーザーを活用して宇宙を航行する時代が来たときにトラブルを減らすこともできるでしょうしね(笑)。 -
鵜山
現実的に考えると、航行のためにレーザーを活用するにはエネルギー密度を細かく調整しないといけないでしょうし、特に軌道上を高速で移動している宇宙船に対しては的確にポインティングしなればなりません。いろいろと考えないといけないことはたくさんあると思います。ただ、不可能だとは思いません。いつかは実現するのではないでしょうか。
国際的な取り決めなどの整理も必要となる
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伊野
ところで、「LUNA RING」の具体化に向けた進捗状況はどのような状態なのでしょう?
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鵜山
「LUNA RING」は、クリーンエネルギーイノベーションと題したプロジェクトで、世界のエネルギー問題を解決するために宇宙を利用することを考えたものです。月の赤道上にぐるりとソーラーパネルを並べることで、365日休むことなく発電し続けることができます。この月にある太陽発電によって地球上で必要とされる全電力エネルギーをカバーすることができます。
今はレーザーを飛ばすことより、どうやって月面に発電所などの施設を建設するかを研究しているところです。建設では極力、月にある資源を活用することを考えています。月にはレゴリスと呼ばれる細かい砂があります。地球から水素を持ち込めば酸素と水が作れるので、水と砂を混ぜることでコンクリートが造れます。そこに向けた技術開発を行っているところです。 -
伊野
地球から原材料を運ぶと、それだけで大変なエネルギーとコストになるので、現地での材料調達は一番重要な課題だと思います。月で太陽電池パネルが生産できるようになれば、それこそエネルギーは際限なく使えそうですから。一方で、エネルギーを送ることを考えると、常に照準しなければいけない難しさがあるでしょうね。
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鵜山
もちろん、地球に送電するための仕組みも解決しなければなりませんが、膨大な量の太陽光パネルを月で製造することが一番、大きなハードルだと我々は考えています。また、技術的な壁もありますが、国際的な取り決めや、さまざまな機関との関係なども整理して行かなければなりません。
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伊野
「LUNA RING」を実現し、円滑に運用するには国際的な取り決めが不可欠だと思います。民間事業者の月の利用を可能にするための法制度の整備も必要になるでしょうね。
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鵜山
「LUNA RING」の実現は簡単ではありません。なのになぜ、清水建設が「シミズ・ドリーム(未来構想)」としてさまざまなプランを打ち出しているのかというと、大きな未来のビジョンを描くことが大事だと考えているからです。その未来のビジョンに対して今、何をすべきなのか、そのためにはどのような技術が必要となるのかといった、未来を見据えた観点で研究開発を行っています。
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伊野
「LUNA RING」の構想では赤道上に物資を運ぶための輸送ルートがあります。「ルナからの帰還」では輸送手段としてリニアモーターカーを走らせました。重力の小さい月の赤道上を高速移動すると遠心力の影響が出てくるはずです。それが、「ルナからの帰還」の重要なアイデアの一つに繋がりました。ビジョンを描くことでさまざまなアイデアが生れます。
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鵜山
今回、「ルナからの帰還」によって「LUNA RING」の別の使い方を知れたことは、日本SF作家クラブさんとコラボレーションできて良かったと感じているところです。
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鳴海
私もSFにはいろんなアイデアが詰まっているんだと改めて感じました。最近、本を読むことが少なくなってきたので、SFを読むことを再開しようかと思っているところです(笑)。
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伊野
「テクノロジーが進化することでSFが書きにくくなるのでは?」と質問されることがありますが、私はそれはないと考えています。SF作家は現実に変化が起きると、どのようなことが起きるのかを考えたり、変化したベクトルの延長を考えることをします。だから、技術の動向に関心を持っていられるのです。そのためSFが書きづらいということはありません。むしろ技術が進化することで、テクノロジーとSFが相互作用で進んで行くように思います。
月面でも安全安心を確保し、人類の生活を豊かにする
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伊野
今回、「建設的な未来」に参加することで「LUNA RING」を知ったわけですが、このような取り組みを企業が積極的に行っていることは「宇宙を身近にする」という意味ではとても意義のあることだと感じました。
今、NASAは宇宙開発にベンチャーを活用しようというスタンスで動いています。今後、宇宙がビジネスになる時代になったとき、日本から参入するプレイヤーが数多く現れないと、日本として立ち行かない状況になってくるのではないでしょうか。 -
鵜山
我々もそう考えています。フロンティア開発室は2018年4月に新設された部署です。そのなかで宇宙開発部がスタートしました。我々がターゲットとしている領域は大きく3つあります。1つめは宇宙へのアクセス。新世代小型ロケットの打ち上げ等のために、スペースワンという会社を設立しました。2つめは軌道上の衛星で得た地上の情報を活用するもの。さまざまなデータを活用して地球を豊かにし、問題を解決するプロジェクトです。そして、3つめが「LUNA RING」などの月開発利用です。
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伊野
1969年にアポロ計画によって人類は初めて月面に到達したわけですが、その頃に描いていたイメージでは今頃、火星に到達しているものだと思っていました。それを考えると随分と時間がかかったなというのが印象です。でも、これからは着実に、進むべきところまでは進んで行くのだろう思います。
特に、現在の地球を取り巻く状況は良くないため、エネルギー問題ひとつ取っても地球のなかだけでは解決は難しいということがわかってきた。解決のためには宇宙に出るしかない。ある意味、やむにやまれずという時代に近づきつつあるような気がします。アポロ計画の時代は、宇宙を知ることが目的だったことに対し、現在は宇宙を活用することが目的になった。宇宙に出て行く理由付けが変わって行く時代になりつつあるように思います。 -
鳴海
いつになるかはわかりませんが、いずれは一般人が宇宙で生活する時代になります。人が行くところには必ず「建設」は必要です。宇宙開発に清水建設がチャレンジする意義はそこにあります。
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伊野
しかし、宇宙に人が行く、というのはなかなか大変なことだと思います。安全を考えると宇宙にはロボットを送り、人間は地球上でそれを操作するレベルで留まるかもしれません。とはいえ、ロボットにAIを搭載することでAIが人間の意思を引き継いでくれることになる気もします。それでもSF作家としては宇宙に人が行くことにロマンを感じる部分ではありますが・・・。
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鵜山
我々、エンジニアも入り口は『こうなったらいいな』というロマンからスタートします。しかし、企業に属する立場とすれば、現実的に考えなければなりません。言い方を変えると夢を夢だけで終わらせたくない。実現するために開発する、というスタンスです。
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伊野
人が宇宙で働く時代はいつぐらいだとお考えですか?
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鵜山
予想するのは難しいですが、意外に早いのではないでしょうか。
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伊野
宇宙旅行は近いうちに実現しそうですよね。月面から地球を見ることが一般的なことになると価値観の変化は凄いことになるように思います。もちろん、月まで行くには恐ろしいくらい莫大な費用はかかるでしょう。それでもお金をかけてでも行ってみたいと考える人はいるでしょうね。
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鵜山
そんな時代のために私が実現させたいのが、月面建設です。人が月に住む時代を目指して確実に技術を高めることに取り組んでいます。そこではロボットが稼働することになるでしょうが、最後の最後の難しいところをクリアするためには介在する人が必要だと思います。その人達が放射線環境や温度環境も厳しく、地球の1/6の重力の環境下でも快適に過ごせる建築を目指したいです。
また、月で人が住む仕組みを作ることで、火星や別の惑星でも住むことができることにつながると考えています。根拠となる技術は近いはず。なので、一番近い月で試してみて、そこで検証した技術をさらに遠くで試してみたいですね。 -
伊野
これも「Eclipse Phases」というシェアワールドを舞台にした小説※2で使ったのですが、清水建設さんが金星の大気の上層に浮かぶ都市の開発にチャレンジしてくれると、そこから発想したSF小説が誕生するかもしれませんね。
日本SF作家クラブ公認ネットマガジン「SF Prologue Wave」のEclipse Phase作品として「ザイオン・バフェット」シリーズが掲載。金星編三部作に加え、現在、火星編を連載中。
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鳴海
私は衛星がメインで研究開発を行っていますが、衛星などから得られるさまざまなデータを活用して、月面でも安全安心を確保し、最終的には人類の生活を豊かにできるように頑張りたいと思っています。
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伊野
「LUNA RING」は僕にとっても非常におもしろい素材でしたし、今回のプロジェクトには楽しく取り組むことができました。SFはいろいろな科学技術の進歩を取り入れて、想像の幅を広げてきたジャンルですので、これからもいろいろな可能性があると思います。現実が進めば進むほど想像の幅も広がりますし、逆に、SFで想像したことが現実の開発にも影響を与えることもあると思います。
個人的にも宇宙には関心がありますので、これからもいろいろな取り組みが進められることを期待しています。