2020年の東京オリンピック・パラリンピック(以下、東京五輪)開催まであと5年。
関連施設の新たな建設や既存施設の活用・改修、インフラの整備など、さまざまな計画が発表されています。1964年の前回大会と比べて、大会の規模や社会情勢はもとより、建設技術も大きく変化しています。
そのような中、五輪開催を契機とした東京、そして地方のまちづくりを、どのように進めるべきなのか。
日本都市計画学会の中井検裕会長を迎えて、未来につながる都市と地方の“まちづくり”について、清水建設 技術研究所 所長の石川裕が意見を交わしました。
公益社団法人 日本都市計画学会 会長
中井 検裕 (なかい のりひろ) 氏
1958年 大阪府生まれ。1980年 東京工業大学工学部社会工学科卒業。1986年 東京工業大学大学院理工学研究科博士課程満期退学。工学博士。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス地理学科助手、東京大学教養学部助手、明海大学助教授、東京工業大学助教授を経て、2002年より東京工業大学大学院社会理工学研究科教授。専門は都市計画、土地利用計画。国土交通省社会資本整備審議会都市計画部会長、東京都景観審議会会長などを務める。
清水建設株式会社 技術研究所 所長 ・ 技術戦略室 室長
石川 裕 (いしかわ ゆたか)
1956年 大阪府生まれ。1979年 京都大学工学部交通土木工学科卒業。修士課程を経て、1981年 清水建設に入社。技術研究所主任研究員、同施設基盤技術センター所長、技術戦略室企画部長、同副室長を経て、2011年より現職。常務執行役員。工学博士。専門は地震工学。日本地震工学会理事、地震調査研究推進本部の委員会委員などを歴任。2011年度日本地震工学会論文賞受賞。
2020年東京五輪を契機とした東京のまちづくり
都心部と湾岸部の交通アクセス改善が課題
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石川
今回は、2020年東京五輪をきっかけに、今後の東京そして日本全体のまちづくりについて、中井先生と一緒に考えたいと思います。
前回1964年の東京五輪では、新幹線や首都高速道路といったインフラ整備が飛躍的に進みました。今回の五輪ではどういった点に期待しているかを、まずはお聞かせいただけますでしょうか。 -
中井
前回の東京五輪は国民的な行事でした。高度経済成長期の真っ只中であり、戦後復興のシンボル的なイメージにあふれていたと思います。
しかし、五輪大会自体の性格が、1980年代以降、特に先進国では「国を挙げてのイベント」から「開催都市ごとのイベント」に様変わりしたという印象があります。
だからこそ2020年の東京五輪では、世界の大都市である東京というまちの強みを活かし、大会後の東京や日本の未来にいかに貢献できるかを考えることが肝要だと考えます。 -
石川
東京五輪に向けて、東京に今一番足りないもの、または難しい課題は何でしょうか。
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中井
都心部から主な会場が集まる湾岸部への交通アクセス改善が、大きな課題の一つでしょう。特に羽田・成田両空港から都心部、そして湾岸部へのアクセス性については、今回の東京五輪をきっかけとして整備が進めばと思います。
道路でいうと、都心部と湾岸部を最短でつなぐのは今のところ晴海通りしかありませんし、鉄道や地下鉄も路線は限られています。
五輪開催時には選手だけでなく、観客を含めた大勢の人たちが縦横無尽に移動しますので、対応策としてLRT(次世代型路面電車システム、P04参照)やBRT(次世代型バス交通システム、P04参照)の導入も検討されています。 -
石川
五輪までに残された期間を考えると、現実性が高いのはBRTだと思います。
現在でも、路線バスのバス停では「あと何分で到着します」と表示されたり、リムジンバスも渋滞情報を織り込んで運行されたりしています。ICT(情報通信技術)の発展による精緻な予測や適切なガイドが、さらなる利便性向上の鍵になるのではないでしょうか。
当社では、位置情報を使って建物内外をシームレスにつなぎ、アクセス向上につなげる技術開発を進めています(P16参照)。こういった分野への期待感に関してはいかがですか。 -
中井
スマートフォンが登場して10年も経たずに、今これだけの機能やアプリが進歩したことを考えると、5年後に位置情報を使った技術が世の中をどれだけ便利にするのか、大いに期待できると思います。
案内表示の国際化・防災面の強化も必要
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中井
位置情報を活用した利便性の高いサービスを実現していく中で、誰にでもわかりやすい表示方式であったり、外国語に対応することにも期待したいですね。
東京五輪が終わった後も、継続して観光客が訪れることを視野に入れると、重要な課題の一つだといえます。 -
石川
確かに大事ですね。東京を訪れる外国人観光客の数は増加傾向にあるそうですが、五輪開催地となれば、今後も飛躍的に増えることは明らかです。
世界から見れば、日本は今も安全、安心、清潔、便利な国であることは間違いありません。そのことを外国人にどのように伝え、感じてもらえるか、その工夫が東京の最大の課題なのかもしれません。 -
中井
石川さんが言うように、東京は世界の都市に比べれば治安がよく、電車も定刻通り運行するという、真面目で几帳面なまちです。
それでいて、秋葉原や渋谷のように若者の文化を発信できるまちもあれば、浅草や銀座、日本橋のように昔ながらの雰囲気を伝えるまちもある。そういった魅力的な要素を、わかりやすく伝える仕組みをつくるチャンスとして、2020年の東京五輪を捉えることも大切ですね。 -
石川
東京でもう一段レベルを上げる必要があるのは防災対策でしょうか。
建物の地震対策については、当社も常に最新技術を開発し、実用化を進めています。オフィスビルや集合住宅はもちろん、五輪施設の建設や改修でもこの点で貢献していきたいと考えています。 -
中井
ご指摘の通り、東京の一番のリスクが防災面です。
東京五輪を機に、安全で安心な建物が増えていくことは、そのまま、五輪以降の東京全体の防災力向上につながります。
この点は、企業の事業継続対策も含め、御社のように地震防災技術の開発を手がける民間企業や大学の取り組みに大いに期待したいですね。
地方のまちづくりのこれから
富山市と熊本市は公共交通を軸としたコンパクトシティ
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石川
2020年の東京五輪によって、ヒト、モノ、カネ、情報の東京への一極集中が加速するのではないか、と危惧する見方もあります。現実に今、地方の人口減少は危機的だとされています。その打開策として、コンパクトシティ(中心市街地の活性化が図られ、生活に必要な諸機能が効率的・持続可能な形で具現化された都市、もしくはそれを目指した都市政策)化を進めている地方の中核都市もありますよね。
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中井
富山市の取り組みは、とても有名な好事例ですね。
路面電車やLRTといった公共交通機関を活性化させると同時に、その沿線に住宅やにぎわい施設など、都市の諸機能を積極的に誘導することで、コンパクトなまちづくりを目指しています。
2011年12月には、この公共交通を核としたコンパクトシティ化の提案が、地方都市が抱える課題解決のモデルになると評価され、「環境未来都市」に選定されました。
さらに2012年6月には、OECD(経済協力開発機構)によって、メルボルンやバンクーバー、パリなどと並び、コンパクトシティにおける世界の先進モデル都市にも選出されています。 -
石川
富山市のLRTは私も利用したことがあります。コンパクトシティでは、路面電車が高齢者にとって程よい距離を結ぶネットワークであり、気軽に乗れる使い勝手の良い交通機関であることがよくわかりますね。
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中井
また、熊本市も、熊本城という観光資源を活かし、2007年の開城400年行事以降、非常に元気がよい印象を受けます。熊本駅や市役所がある市の中心市街地に、公共施設や商業施設などが集まる拠点を多数設け、道路も整備。それらの拠点を結ぶようにバスや路面電車の再編を行いました。
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石川
移動しやすい、生活に必要な都市の諸機能が集中しているというのは高齢者のみならず、どの世代にとっても魅力的ですよね。
他にもコンパクトシティへの取り組みの中で、若い世代を意識した工夫というのは実践されているのでしょうか。 -
中井
富山市の場合、冬は積雪量が大変多いので、活動できる場所が限られます。
そこで同市は中心市街地に屋根付きの広場をつくり、年間200日以上イベントを開催したり、文化施設と商業施設を融合させた複合施設を建設したりするなど、若い人はもちろん、高齢者でも楽しめる工夫を取り入れています。
LRTは次世代型路面電車システムのこと。
低床式車両の活用や、軌道・停留場の改良による乗降の容易性、定時性、速達性、快適性などの面で優れた特徴を有する。富山市では2006年4月から導入されている。
BRTは専用の道路やレーンを使って走行する次世代型バス交通システム。
道路渋滞とは無縁のため、定時運行性、高速性に優れている。被災したJR気仙沼線、大船渡線の仮復旧策として導入されている。
効果的な資源活用のアイデアを考えられる人材が不可欠
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石川
しかし、どこでも富山市のようにはいかないのが実情ですよね。郊外のショッピングセンターに若い人が集まり、中心市街地が寂れてしまっている地域もある。コンパクトシティ化を成功させるポイントは何なのでしょうか。
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中井
取り組みがうまく進んでいる地方都市に共通しているのは、その土地にしかない資源の発掘や見直しができる人材がいること。そして、その資源を最大限に活かしているということです。資源というのは、農作物や海産物、食料品、伝統工芸品だけでなく、自然の風景や歴史、文化もそうですし、既存の交通インフラや公共施設なども含みます。
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石川
富山市や熊本市はそういったものを上手に活用して、まちづくりの再整備を進めたということですね。
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中井
そのとおりです。ただ、その土地固有の特産物や名産品を使って、「○○ラーメン」「△△丼」「□□クッキー」といった新たな名物をつくってもなかなかヒットしない、あるいはゆるキャラをつくっても今一つ認知度が上がらない、といったことがよくありますよね。そう考えると、最終的にはやはり、資源をどう使うのが効果的かを考える人材がものをいうのだと思います。
公共交通機関で大小の拠点を結ぶことが基本
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石川
コンパクトシティ化を進めていこうとしても、例えば、中山間部で生まれ育った人の中には、そのままそこに住み続けたいと思う人もいるでしょう。また、地震や津波、台風による土砂災害などを考慮して、市街地への移転を進めようとしても、住み慣れた場所を離れたくないという意見もあると思います。
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中井
コンパクトシティ化は、生活の利便性向上やまちの活性化というプラスの面があることは理解してもらえると思いますが、一方で、住民をどのようにして誘導するかという大きな課題が残されています。
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石川
故郷を想う気持ちにどう対応するかは、行政としても非常に難しい問題ですよね。私自身は、故郷の定義をある程度広域に„まち"として捉える共通理解のようなものをつくり、地方自治体が先導して、地域住民に伝えていくこともこれからは必要ではないかと思います。
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中井
それも確かに一案です。地方の中心部に大きな拠点を設け、その近くには小さな拠点もつくる。それらを、富山市や熊本市のように公共交通機関を使ってうまくネットワーク化していく、というのがコンパクトシティのあるべき姿だと私は考えています。そうすれば、中心部から離れた場所に住んでいる人も、コンパクトシティのメリットを享受することで、広域の„まち"に対する実感を得ることができるのではないかと思います。
まちづくりで建設業が果たすべき役割
建設会社が一翼を担うエリアマネジメントに期待大
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石川
最後に、これからのまちづくりに対して、建設業が果たすべき役割について、ご意見をいただけますでしょうか。
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中井
日本のまちづくりにおいて、建設の分野で日本が世界に向けて発信できる領域が三つあると思います。
一つ目は防災技術です。日本は地震や津波、台風など、自然災害が多い国ですから、経験から培われた技術、特に免震や制震、耐震といったハード面の地震対策技術は世界に誇るべきものだと思います。
二つ目は低炭素化です。省エネルギー技術は、ヨーロッパ各国の取り組みが進んでいますが、日本も世界トップクラスの技術力を持っています。建設会社が電機メーカーやシステム開発会社などと連携してエネルギー対策を推し進めれば、建物単体にとどまらず、地域にとっても非常に大きなCO2削減効果が得られます。 -
石川
当社では、平常時の省エネ・節電対策と、非常時の地震対策、エネルギーの自立性確保を両立する「ecoBCP」の考えのもと、快適で災害に強く、人と環境とのつながりを実感できるスマートシティへの取り組みを進めています。
技術は社会に実装されてこそ意味があるもの。ですから、当社技術研究所では、ecoBCPに関連する新技術の開発や既存技術の高度化はもとより、建物に導入した技術の最適なマネジメント方法の確立を目指し、研究開発を続けています。 -
中井
大変心強い話です。というのも、三つ目は、まさにそのマネジメントの力だからです。
一つ目と二つ目に挙げた防災技術、省エネ技術だけでなく、今回の話の冒頭に出てきたICTや位置情報技術なども、その建物、その地域に最適な内容、方法で運用されるからこそ、成果を上げるのです。
地域が地域をマネジメントするエリアマネジメントの考え方が国土交通省でも議論されていますが、建物の運用までも手がける建設会社のノウハウを、ぜひエリアマネジメントに活かし、安全・安心、快適・便利な日本型のまちづくりモデルを構築し、世界に発信してほしいですね。 -
石川
これからの日本のまちづくりでは、一つの分野、特定の技術というよりも、やはり総合的、融合的なマネジメントが不可欠です。その一翼を私たち建設会社が担うということですね。
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中井
そのとおりです。都市部でも地方でも、まずはヒトやモノが行き来する起点となるような施設を整備することが大事になるでしょう。
例えば、最近では鉄道や地下鉄の駅が周辺のビルと直結していたり、駅の中に飲食店や専門店が集まる場所を設けたりしていますよね。
また、道の駅を活用して、地産地消に取り組んでいる例もたくさん見かけます。あるいは、既存の施設を子育てや文化の拠点として活用するといった方法もあります。このように、地域が必要とする起点を設け、周囲のまちづくりを、建設会社や不動産会社、行政などが一緒に考えていくことが必要だと思います。 -
石川
当社の本社がある東京・京橋でも、地下鉄の駅と直結したビルの建設、街区の再開発が相次ぎ進んでいます。
そういった取り組みが、今後のまちづくりの大きなポイントになるのですね。今日のお話、大変参考になりました。本日はありがとうございました。
本ページに記載されている情報やPDFは清水建設技術PR誌「テクノアイ10号(2015年4月発行)」から転載したものであり、内容はすべて発行当時のものです。