低炭素社会の実現に向けて、建物内のエネルギー消費をゼロに近づけるZEB(ゼブ:ZeroEnergy Building)やZEH(ゼッチ:ZeroEnergy House)に関する技術開発とその実用化が、昨今、国内外で盛んに行われています。
また、関係省庁でもZEBに向けた提案や課題を論じ、取り組みを進めています。その動向と課題、今後の展望などについて、建築環境分野の研究に携わり、ZEB関連の動向にも詳しい早稲田大学の田辺新一教授に、「日経エコロジー」編集部の久川桃子氏が話をうかがいました。
早稲田大学建築学科教授
田辺 新一 氏
1982年早稲田大学理工学部建築学科卒業。同大学大学院博士前期課程を修了し、デンマーク工科大学暖房空調研究所へ留学。工学博士。1989年にお茶の水大学で研究室を開設。2001年に 早稲田大学理工学部建築学科教授に就任。建築環境学を専門として、日本建築学会、空気調和・衛生工学会などで数々の受賞歴がある。米国暖房冷凍空調学会(ASHRAE)フェロー。2009年5月から経済産業省の「ZEBの実現と展開に関する研究会」の委員として活動し、ZEBの国内外の動向に精通している。主な著書は『感性情報処理』(オーム社)、『21世紀型住宅のすがた』(東洋経済新報社)など。
日経BP社「日経エコロジー」編集部「ecomom」プロデューサー
久川 桃子 氏
一橋大学商学部卒業。外資系銀行に勤務した後、2002年日経BP 社へ入社。「日経ビジネス」編集部 にて記者としてホテルや運輸などの分野を担当し、2008年4月より現職。家族と自然にやさしい暮らしを提案する雑誌「ecomom(エコマム)」のプロデューサーとして、同誌とそのWEBサイト、メールマガジンなどを取り仕切る。エコな暮らし方や今後のエネルギーのあり方について、生活者目線で情報発信する。
ZEB発想の出発点は、社会構造の変化を踏まえた超省エネ対策
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久川
建築関連の話題で、ZEBやZEHという言葉を最近よく聞くようになりました。田辺先生はZEBに関する報告書や論文をたくさん出されていますよね。その資料の中で驚いたのが、最近では日本の最終エネルギー消費量(需要家レベルで消費されるエネルギーの総量)の3割以上を住宅・建築物部門が占めていて、しかも増加傾向にあるというデータです(図1参照)
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田辺
1980年頃から1990年頃にかけては、産業部門がだいたい5割で、運輸部門と住宅・建築物部門が各25%くらいでした。途上国では産業部門でのエネルギー消費が多く、先進国では住宅や建築物部門の割合が増えています。世界平均でも住宅・建築物部門が全体の約4割です。
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久川
住宅・建築物部門に含まれるのは、一般家庭やオフィスにおける冷暖房や照明などのエネルギー消費量という理解でよいのでしょうか。
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田辺
はい。図1で1990年と2010年の値を見ると、住宅・建築物部門だけが1.35倍で、他の2部門に比べて増加傾向が顕著ですね。その理由の1つが核家族化です。1人で住んでも5人で住んでも、照明や冷蔵庫などの家電で最低限の電力が必要なので、核家族化が進むとエネルギー消費は増えていきます。また、都市部のビル床面積が増えたことも要因です。
日本の産業が知識創造に移り、仕事の中心が工場から都市部のオフィスに変わるのに伴って、この部門のエネルギー消費が増加しています。このことはC02排出量の推移(図2参照)を見ても同様です。日本では業務その他部門と家庭部門が、他部門に比べて増加傾向にあります。
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久川
これまで続けてきた省エネ対策をもってしても一般家庭やオフィスのエネルギー消費量とC02排出量はそうした現状にある。だからこそ、日本ではそれを上回る”超省エネ“対策が求められているわけですね。
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田辺
そうです。社会や生活の構造的な変化を踏まえた上で、核家族化が進んでも、オフィスが増えても、それ以上の省エネを図る技術でエネルギー消費を抑える建物をつくる、というのがZEBやZEHの発想の出発点になります。例えば、月へロケットを打ち上げようとするとき、「とりあえず3分の1まで行こう」とは言わないでしょう。最初から「月へ行く」と宣言するからこそ、それを実現するための研究開発が進む。ZEBも同じです。仮に、超高層ビルでZEBを実現しようとした場合、そこに至るまでの過程で、いろいろな方法や技術を駆使していかにゼロを目指すか、ということが大切なのです。
世界はZEBをいかに具現化するかを試す段階に入っている
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久川
ZEBについて、海外はどう動いているのでしょうか。例えば、アメリカはエネルギー消費が激しい印象がありますが。
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田辺
エネルギー省やコロラドにある再生可能エネルギー研究所が中心となり、ZEBのプロジェクトが進んでいます。エンパイア・ステート・ビルの改修工事では、スーパーウインドウという断熱効果が抜群に高いガラスを採用して、年間エネルギー消費量38%削減、エネルギーコストも4億円低減されました。
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久川
エコの先達というイメージがあるヨーロッパでも、ZEBは先行しているのでしょうか。
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田辺
イギリスでは、政府が2016年までにすべての新築住宅をZEBにし、2019年までに非住宅、つまりビルなども新築はZEBにすると宣言しました。他のヨーロッパ諸国では、nearlyを付けて「nearly zero energy building=NZEB」への取り組みが進んでおり、欧州会議では2020年以降の新築建造物をすべて「nearly zero」にすると決議しています。
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久川
「nearly」を付けることで、実際にはゼロにならなくてもそちらへ向かおう、という方向性を提示しているのですね。
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田辺
一方アジアでは、シンガポールが政府系建築専門学校の教室・オフィス棟を改装して、実際にZEBの実例を示しています。またマレーシアでは、ゼロ・エネルギーに近づいたビルが複数建設されています。完全にはゼロではないのですが、徹底した負荷削減と太陽電池や換気などの工夫で、ZEB的な超省エネを実現しています。韓国も積極的に取り組んでいます。韓国製太陽電池を使って国立環境研究所の小規模オフィスを実際にZEB化しています。民間企業でも戸建住宅をZEHとして建設しました。
日本では「一次エネルギー量でゼロまたは概ねゼロ」がZEBの定義に
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久川
日本のZEB推進にあたっては、田辺先生も委員を務めている経済産業省の「ZEBの実現と展開に関する研究会」が、2009年11月に報告書をまとめましたよね。それをもとに、政府が2030年までに新築ビル全体でZEBを実現する方針を発表しています。今後の取り組みは、どのように進んでいくのでしょうか。
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田辺
ひとくちにZEBといっても、さまざまな定義があります。CO2排出量でゼロ、あるいはエネルギーコストでゼロといった考え方もあります。日本では、省エネ法の基本になっている年間の一次エネルギー消費量において、正味(ネット)でゼロ、または概ねゼロとなる建築物をZEBの定義としています。ですから、ZEB=ネット・ゼロ・エネルギー・ビルと呼んでいます。
一次エネルギーとは、石油や石炭、天然ガスなどの化石燃料や、ウランなどの核燃料、水力や太陽光といった自然エネルギーなど、自然界に存在しているままのエネルギー源のこと。それらを加工したのが電力やガソリン、都市ガスといった二次エネルギーです。つまり、この消費を抑えることが一次エネルギーの削減につながるわけです。
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久川
簡単に言うと、さまざまな省エネ技術によって建物で消費するエネルギー量を低減する。その上で、実際に使ったエネルギー量から、太陽光パネルなどによって建物内でつくり出した再生可能エネルギー量を差し引きしてゼロとする、ということですね。
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田辺
そうです。ZEBを進める上で参考にすべきなのがイギリスの「ヒエラルヒーアプローチ」という概念です(図参照)。これはZEBとZEHに必要な対策を段階的に示したもの。まず断熱性や冷暖房、給湯、換気など、建物の基本的な省エネ性能を高めることが重要、という考え方が根底にあります。言い換えれば、どの定義でZEBを進めるにしても、まずは性能の良い建物をつくり込むことがその第一歩、ということなのです。
ZEBの推進には、法整備や技術開発、市場形成などで産官学の連携が必要
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久川
一般の立場からすると、ZEBが「良い」と言われても、新しい建物や設備を取り入れた分、費用もかかるし、古いものを処分してしまうのはもったいない、と思ってしまう。その点はどう考えていけばよいのでしょうか。
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田辺
建物は建ててから壊すまで、ずっとC02を排出していて、エネルギー消費も最終的には運用時に全体の6〜7割を費やします。良くない古い設備を使い続ければ、エネルギー消費が嵩みます。新築はもちろん、建物のリニューアルでもZEBを目指すことで、運用時のエネルギー消費とコストは確実に減らせます。そのことをぜひ検討してほしいと思います。
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久川
家庭で古い冷蔵庫を長く使い続けていくと、そのうち電気代のロス分で新しい冷蔵庫が買えてしまう。それと同じ理屈なのですね。
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田辺
特に設備機器は、ある程度のサイクルで高性能のものに替えていくという考え方は、今後ますます重要になっていくでしょう。そうしたことへの対応も含め、2030年に向けては、法整備や技術開発、市場形成などの課題を産官学でうまく役割分担しながら、ZEBを推進していってほしいですね。
ZEBの本分は快適で省エネな建物、万一のときエネルギーを自給自足
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久川
東日本大震災を機に、ZEBに対する一般の人たちの関心について、何か変化を感じていますか。
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田辺
一番の変化は「万が一」という観点が加わったことでしょう。例えば東京都の防災対応指針では、帰宅困難者の施設内保護の徹底を掲げており、そこには食料や水だけでなく、エネルギーの供給についてもバックアップする考え方が取り入れられています。また、住宅に太陽電池を設置する際も、万一のときに電源が取れるプラグを設けたりするようになってきました。やはり震災の体験を通して、エネルギーの捉え方が変わってきたのだと思います。BCP(事業継続計画)やレジリエンス(リスク対応能力、危機管理能力)と呼ばれている分野です。
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久川
そうなると、スマートグリッドの技術とも関連が出てきそうですね。
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田辺
もちろんです。ZEBによって性能が向上した建築は、万一のときにも最小のエネルギーで運用できます。さらに、清水建設さんが「ecoBCP」として取り組んでいるスマートBEMS(ベムス:Building Energy Management System)を導入した建物は、エネルギーを自給自足できます。そうした建物同士をスマートグリッドで結べば、地域や街区単位での省エネにも取り組めますからね。
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久川
だから今、日本ではZEBとスマート化の流れが同時進行で興ってきているのですね。今後、そうした動きがさらに進むと、私たちの暮らしはどう変化するのでしょうか。
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田辺
ZEBの本分は「超省エネに取り組みながら、快適な空間をつくること」にあります。それが「エネルギー消費だけを減らす省エネ」との一番の違いです。「快適で省エネ」はまさに私の研究テーマ。私は、ZEBではそこで働く人たちが快適で高い知的生産性を維持できることが大切だと考えています。
以前に私の研究で、室温が上がると仕事の効率がどう変わるのか、調査したことがあります。場所はコールセンターで、電話のオペレーターが120人くらいのオフィス。1時間当たりに受ける電話の数を約1年間調べました。その結果、室温が25℃から1℃上がると、2%電話が取れなくなることがわかりました。単純に計算して28℃に上げれば6%効率が落ちる。6%は残業時間に換算すると30分に相当するんですよ。
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久川
なるほど。ZEBという言葉は「ゼロ」という言葉の印象が強いので、そこだけを捉えがちですが、それで不快な環境になって、仕事の効率が落ちてしまっては本末転倒ですね。
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田辺
ですから、ZEBを実現するには省エネ技術の導入に加えて、「健やかに、快適に」という評価尺度が欠かせないのです。
より良い生活空間づくりに向けて社会全体でZEBに取り組んでいく
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久川
これまでの話で、ZEBの真価がわかってきました。C02削減や省エネだけでなく、そこに住まう人や働く人のことも考えるという点がとても魅力的ですね。このことが建設業界の話に留まってしまうのは、それこそもったいないと思います。
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田辺
同感です。快適な建物で知的生産性も高い、万一のときもエネルギーの心配がないというのは一般の人にも理解しやすいメリットです。そこを強調して、社会全体でZEBに取り組んでいくのが理想ですね。
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久川
今後、ZEBのつくり手の主役といえる建設業界に期待することは何でしょうか。
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田辺
今日も授業で学生に「ZEBをつくれば、皆に喜ばれる。よい建築を提供して、幸せをつくる仕事をしよう!」と話しました。これがそのまま、建設業界へのメッセージです。
今、海外ではZEBやZEHは建設業界を元気づけるキーワードになっています。日本もそうなるべきだと強く思いますね。より良い生活空間をつくるという使命感を、建築に携わる人たち全員が共有する。それが日本のZEBへの取り組みをさらに加速させていくはずです。私もそのために、ZEBに関するさまざまなプロジェクトでの取り組みや自身の研究を通じて、情報発信を続けていきます。
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久川
田辺先生の今後の活動に期待しています。本日はありがとうございました。
本ページに記載されている情報やPDFは清水建設技術PR誌「テクノアイ8号(2013年3月発行)」から転載したものであり、内容はすべて発行当時のものです。