特集

スマートコミュニティが切り拓く新しい日本

スマートコミュティの実現が活力ある国づくりの核となる

再生可能エネルギーのさらなる活用に向けて、スマートグリッド(次世代電力網)への注目度がますます高まっています。日本でも、2010年度からスマートグリッドを基盤とした都市・地域「スマートコミュニティ」を目指す実証事業が始まっています。

また2011年秋には、東日本大震災の被災地でスマートコミュニティの実現を図るべく、国が新たに創設する基金からの設備導入費支援が決定されるなど、活発な動きを見せています。その現状や展望について、独立行政法人 建築研究所の村上周三理事長に、「日経エコロジー」編集部の久川桃子氏が話をうかがいました。

独立行政法人 建築研究所 理事長
村上 周三氏

1965年東京大学工学部建築学科卒業、工学博士。1985年東京大学生産技術研究所教授、2001年慶應義塾大学教授、2008年から現職。日本建築学会会長、空気調和・衛生工学会会長などを歴任し、現在は東京大学名誉教授、財団法人建築環境・省エネルギー機構理事長、次世代エネルギー・社会システム協議会委員などを兼任。建築環境総合性能評価システム「CASBEE」提唱者の一人であり、都市・建築環境問題の第一人者。

日経BP社「日経エコロジー」編集部「ecomom」プロデューサー
久川 桃子 氏

一橋大学卒業後、外資系銀行に勤務した後、2002年日経BP社へ入社。「日経ビジネス」編集部にて記者としてホテルや運輸などの分野を担当し、2008年4月より現職。家族と自然にやさしい暮らしを提案する雑誌「ecomom(エコマム)」のプロデューサーとして、同誌とそのWEBサイト、メールマガジンなどを取り仕切る。エコな暮らし方や今後のエネルギーのあり方について、生活者目線で情報発信する。

震災後、スマートコミュニティへの意識は変わりつつある

  • 久川

    最近、「スマートコミュニティ」という言葉を目にする機会が非常に多くなりました。東日本大震災以後、電力について私たち消費者の関心が高まったことも、その理由の一つかと思います。建築と環境やエネルギーの問題に長年携わってきた村上先生からみて、やはり今後はスマートグリッドやスマートコミュニティがより身近なものとなっていくのでしょうか。

  • 村上

    そうなるべきだと思います。温暖化対策、とりわけ低炭素社会の実現は、日本だけでなく地球全体の政策課題として取り組んでいかなければなりません。その際に必要となる再生可能エネルギーの利用や省エネ対策の中核となる技術の一つが、スマートグリッドです。

    今、この技術を基盤とした低炭素型の都市、つまりスマートコミュニティの実現に向けて、社会全体に、エネルギーの創出や需給などに関する価値観の大きな変化が起き始めています。そんな中、震災後の計画停電や節電への国民的な取り組みにより、省エネルギーの必要性が従来以上に明確に意識されました。そして、今までのものとは異なる新しい省エネ手段として、スマートコミュニティを位置づけることができるようになりました。

  • 久川

    確かにそうですね。我が家も当初は計画停電のエリアに入っていたので、実際に停電したらどうするか、あれこれ思案しました。電力や省エネのことをこれほど考えて、会社や家庭で節電に取り組んだことはかつてなかったな、と強く感じました。

  • 村上

    それは大変でしたが、貴重な体験とも言えるのではないかと思います。なぜなら、そうした ”消費者がエネルギー利用に能動的に参加する“という意識と行動が、スマートグリッドやスマートメーター(通信機能を備えた電気メーター)を中核とするスマート化技術の導入を推進し、普及させる一つの決め手となるからです。

双方向のやりとりが生まれ消費者参加型の社会が形成されていく

  • 久川

    ジャーナリストの一人として、スマート化技術をどう説明すればよいのか、環境意識の高い人に対してでさえも難しく感じることがままあります。実際に技術が導入されたら、私たちの生活はどのように変わるとイメージすればよいのでしょうか。

  • 村上

    端的に言えば、スマート化技術を導入することで ”消費者参加型“の社会が形成されていく、と考えればわかりやすいと思います。

    電力に関しては、現在の集中型システムの下での受け身の状態から、個人や企業などが自身で電力の需要・供給に積極的に参加する方向に変わっていくと予想されます。このような人や企業体を「プロシューマ(Prosumer)」と呼んでいます。

  • 久川

    太陽光発電パネルを住宅やビルに設置してつくった電力を自分たちで使う、というのは現在でも行われていることですが、そこにスマート化技術がどう影響するのでしょうか。

  • 村上

    例えば、自家発電した電力が余った場合、それを電力会社に買い取ってもらったり、スマートメーターやスマートグリッドを経由して需要家の間で電力の融通をする。その一方で、発電できないときは電力会社からの供給を受ける。すなわち、双方向型と集中型の両者が共存することになります。

    双方向型では、消費者側から電力会社に送電するケースが発生します。これを「逆潮」と言います。しかし、逆潮を従来タイプの集中型の送電網で行うためには、賢い制御技術が必要とされます。いい喩えかどうかわかりませんが、逆潮というのは順調に流れている一方通行の道路で、車が1台逆走するようなものです。その逆潮をコントロールし、双方向のやりとりをスムーズに行うための基盤になるのがスマート化技術なんです。

  • 久川

    なるほど。電力の流れを一方通行の道路の流れに喩えると、とてもわかりやすいです。

スマート化技術は情報革命にもつながり「国のエンジンとなる都市」を創る

  • 村上

    電力というのは、単純に総量が足りればよいのではなく、安定した電圧や周波数など「質」も大切です。スマート化技術は、太陽光や風力など種類の異なる複数の電源から供給された電力を安定させ、かつ送電網の交通整理をすることができます。こうした仕組みが、やがて私たちの身近にあるさまざまなサービスの形をも変えていくでしょう。

  • 久川

    そうすると、スマートグリッド導入の効果はエネルギーの問題に限ったことではない、ということでしょうか。

  • 村上

    スマート化技術は幅広い波及効果を持っています。ここで蓄積されたエネルギー需給に関わる情報処理技術は、例えば、医療や介護、交通、流通、金融、教育などに対しても応用可能で、幅広い双方向のやりとりができるようになると予想されます。その段階で消費者が能動的に参加する広い意味でのスマートコミュニティが実現されたと言えます。スマート化技術は、情報革命や消費者のライフスタイルの変革にもつながるわけです。

  • 久川

    生活に直結するあらゆる情報を共有でき、双方向のやりとりができる。加えて、省エネにも対応している。そういう街は消費者から見れば、とても便利で安心して暮らせる場所であり、魅力的ですね。

  • 村上

    スマート化技術を導入した都市や地域は、誰もが住みたい街、活力ある街として生まれ変わり、国を活性化させるエンジンになっていくことが期待されます。今後、東日本大震災の被災地を含め、こういう都市や地域をたくさん育てていくべきでしょう。

国内ではすでに4つの都市で実証事業が進行中

  • 久川

    国内ではすでに、スマートグリッドをベースにした「次世代エネルギー・社会システム実証事業」が行われており、村上先生はこの事業の協議会委員を務められています。これまでの進捗を教えてください。

  • 村上

    現在、経済産業省の主導で4つの地域で実証事業が行われています(図2参照)。こうした取り組みでは、地元企業の協力が大きな推進力になります。例えば、実証地域の一つである北九州市では、新日本製鐵の特定供給エリアを対象とした電力制御システム、CEMS(コミュニティ・エネルギー・マネジメント・システム)を採用して、住宅、オフィス、学校、病院、工場など、街ぐるみで双方向型電力供給の実現を目指しています。

  • 久川

    スマート化技術を活用した新しい街づくりといえば、清水建設さんも参画している「柏の葉キャンパスシティプロジェクト(千葉県柏市)」についてはいかがですか。街の機能として全体最適化するという視点で、CEMSを推し進めていますが。

  • 村上

    企業が地域とともに同じベクトルでスマートコミュニティを実現しようとする大変先端的な事例ですね。こうしたプロジェクトが今後も増えてほしいと思います。新しいシステムによる街づくりは容易なことではありませんが、4つの実証地域や柏の葉の取り組みが成功し、被災地復興も含めて今後の一つのモデルとなることを願っています。

スマートグリッドは、地域の文化や伝統、雰囲気を活かしたまま導入できる

  • 久川

    4地域での実証事業の内容も含め、スマートコミュニティ実現後の街の様子や私たちの暮らしを想像すると、スマートグリッドは社会インフラの一つとして捉えられますね。

  • 村上

    そのとおりです。しかも、エネルギーと情報を融合させるシステムであるスマートグリッドは、そのままの形では目に見えませんし、既存の社会インフラと対立することなく導入することが可能です。それはつまり、地域の文化や伝統、既存の街や地域の雰囲気などをそのまま活かせる、ということでもあります。この点が従来のインフラ整備と異なる特徴の一つであり、文字通り ”スマート“(洗練された、時代を先取りした、叡知を結集した)なところです。

  • 久川

    そのような新しい技術やインフラのあり方を受け入れるのに、必要なものは何でしょうか。

  • 村上

    導入を進めるには、電力系統の安定と質の確保に加えて、エネルギー需給に関わる法律や制度をこれに適したものに変えていくことが不可欠です。また、その法律や制度によって、消費者に対して導入のためのインセンティブ(金銭的報奨や社会的評価など)を付けることも、消費者の参加を促す上で必要でしょう。

    そして、最も大切なことは、スマートグリッドが省エネルギーはもちろん、日本がこれから目指す持続可能な社会、低炭素社会に合致したシステムであるという理解を広めていくことです。明治維新後に鉄道網ができ、戦後に高速道路網ができて新しい時代を創ったように、今後はスマートグリッドのようなエネルギーシステムのインフラ整備が、新たな日本を形づくっていくだろうと期待しています。

小さなスマート化の連続がやがてスマートコミュニティに

  • 久川

    実際のスマート化技術の導入は、被災地復興の場合はゼロに近いところから、既存の都市ではリニューアルという形になるかと思います。具体的には今後どのように進んでいくのでしょうか。

  • 村上

    小さいところでは、まずスマートメーターの普及が必要でしょう。戸建て住宅やマンション、公共施設、オフィスビルなどからそうしたスマート化を始め、それをスマートグリッドでつなげることで、スマートコミュニティが実現されることになります。

    被災地では、震災前に存在していた設備をそのまま再現するのではなく、全戸スマートメーターを設置するなど、スマート化技術を盛り込んだ一歩先のインフラを整備して復興を進めるべきでしょう。

  • 久川

    そうしたスマートコミュニティの実現に向けて、建設業が果たすべき役割とはなんでしょうか?

  • 村上

    スマート化技術により得られる新しい生活サービスを建物の新たな付加価値として位置づけ、より質の高い建物を提案、提供していくことです。多少コストがかかっても、コストに見合うか、コスト以上の付加価値が提供されれば、スマートコミュニティを土台とした新しい建設のマーケットが広がっていくでしょう。

    そうして、被災地復興も含め、日本の新たな成長をリードする業界になっていってほしいです。建設業界には実績も技術も人材も豊富にあるのですから、それを活かさねばならないと、建築に関わる者として私自身も強く考えています。

  • 久川

    消費者から見れば、私たちの生活空間をつくるのが建設業ですから、私も同じように期待しています。今回お話をうかがって、ジャーナリストとしての今後の情報発信において、また一消費者として暮らし方を考える上で、大変勉強になりました。本日はありがとうございました。

本ページに記載されている情報やPDFは清水建設技術PR誌「テクノアイ7号(2012年1月発行)」から転載したものであり、内容はすべて発行当時のものです。