世界における生物多様性の保全状況は大変厳しく、今年10月に開催される生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)の動向に大きな関心が寄せられています。
そこで、生物多様性の喪失が企業にもたらすリスクとは何か、さらには生物多様性に関連したビジネスチャンスのヒントはどこにあるのか。
生物多様性条約COP10支援実行委員会アドバイザーを務める名古屋市立大学の香坂玲准教授に、当社の東條洋専務が話をうかがいました。
名古屋市立大学大学院経済学研究科 准教授
香坂 玲氏
1998年東京大学農学部卒業。ハンガリーの中東欧地域環境センター勤務後、英・イーストアングリア大学大学院で修士課程終了、独・フライブルク大学環境森林学部で博士号取得。2006年カナダ・モントリオールの国連環境計画生物多様性条約事務局員、2008年より現職(環境経済、環境マネジメント担当)。生物多様性条約COP10支援実行委員会アドバイザーを務めるほか、国連大学高等研究所の客員研究員として里山評価などにも参画。主な著書は『いのちのつながり よく分かる生物多様性』(中日新聞社)。
香坂玲氏ホームページ www.4kbro.com
清水建設株式会社 専務執行役員
東條 洋
1974年早稲田大学大学院理工学研究科卒業、同年清水建設株式会社入社。名古屋支店副支店長、関西事業本部神戸支店長、広島支店長などを経て、2009年より現職(技術、安全環境、CSR担当)。現在、経団連自然保護協議会副会長、建設八団体副産物対策協議会会長、建築業協会・環境委員会副委員長などを兼任。
生物多様性とは生物が相互に依存しつながりあうこと
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東條
そもそも日本人は「生物多様性」という言葉を使わないまでも、身近な自然を大事にしたいと望む人が多いように思います。まずは改めて生物多様性について解説いただけますか。
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香坂
地球上に存在する生物種の数は500万種から3000万種と推定されています(国際自然保護連合 2008レッドリスト公表時資料による)。多様な種は、食物連鎖や共生などの関係を保ちながら生態系のネットワークをつくっています。そして、互いに依存し合い、つながりの中で生きています。それが生物多様性という言葉が意味していることであり、当然、人類もその一部です。
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東條
それにもかかわらず、生物多様性という言葉が一般になかなか浸透していないように思います。その理由の一つには、生物多様性からの恩恵や失われた際の影響が想像しにくいといったこともあるんでしょうか。
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香坂
私たちが先進国に住んでいることが大きく関係しているんだと思います。特に都市部に住むと、頻繁には自然と関わらなくなり、生物多様性の恩恵や影響に気付きにくい状況になっていると思われます。しかし、私たち人類は、生活のさまざまな場面で、生物多様性に依存しているんです。
生物多様性の恩恵は4つの機能に分類される
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香坂
国連の呼びかけで発足した生態系に関する世界的調査「ミレニアム生態系評価」では、生態系がもたらす人類への恵みを「生態系サービス」と呼び、「サポート」「供給作用」「緩和作用」「文化的効用」に分類しています。
例えば、「サポート」や「供給作用」では、食材や家具、薬の材料など、生活に欠かせない多くのものが生物多様性の恵みによってもたらされています。「緩和作用」では、森があるおかげで豪雨でも土砂が流れ出さずにすむなど、さまざまな天災に対し、生物多様性が衝撃を和らげる調整機能を果たしています。
また「文化的効用」によって、自然の豊かさが伝統文化や人の心を育てます。生物多様性は生活と精神の両面で人類の生存を支えているんです。
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東條
発展途上国では、こうしたことを改めて確認しなくても、釣った魚を食べたり、木の実を採ったりと、直接自然とやりとりしながら生活することができていますよね。
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香坂
世界的に見れば、発展途上国を中心に自然と密着して生活している国はまだまだ多いんです。しかし、生物多様性の喪失は確実に進んでいます。種や地域、学説で幅はありますが、現在では1年に約4万種が絶滅していると推測されています。このことは、人類の将来も同様に選択肢が狭まっていることを示しています。
このため、2002年の6回目のCOPでは、「2010年までに生物多様性の損失速度を顕著に減少させる」という目標が採択されました。今年はその目標年であり、COP10では各締約国の取り組み成果や今後の新たな目標設定などについて話し合われる予定です。
生物多様性の喪失が企業経営に危機をもたらす
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東條
私たち建設業を含め、自然界の資源を利用する企業活動もまた、生物多様性に大きく依存しています。生物多様性の喪失が企業にもたらすリスクは、具体的にどんなことが想定されるのでしょうか。
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香坂
一つ目のリスクは、多くの産業で原材料の持続的な調達ができなくなり、コストが増大したり、事業の継続が損なわれたりすることです。このことは、日本をはじめ、貿易によって生活が成り立っている国々の安定性が失われることにもつながります。また、遺伝資源を利用した医薬品も原料がなければ生産できず、企業活動を担う人間の安全と健康に大きな不安をもたらします。
二つ目は法規制に関連したリスクです。生物多様性の保全を目的とした法律が国内外で次々に整備され始めたことにより、生物多様性がコンプライアンス(法令遵守)問題に発展するおそれが出てきています。
三つ目は、消費者や従業員、株主、環境NGO(非政府組織)などからの生物多様性への取り組み推進に関する強い働きかけです。特に環境NGOの動向は無視できないでしょう。2006年のCOP8でも、企業を含む民間セクターの参画に関する決議が初めて採択されました。今、企業には、生物多様性の保全と持続可能な利用について、これまで以上に積極的に取り組むことがさまざまな方面から求められています。企業活動は生物多様性の喪失の一因ですが、その解決に向け大きな鍵を握っているのもまた企業なんです。
生物多様性の保全は企業活動の基盤
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東條
建設活動には、生物の生息地の破壊や分断化など、生物多様性に深刻な影響を与えるという側面があります。したがって、生物多様性の問題は、単に社会貢献活動の対象や経営リスクとして捉えるものではなく、建設事業の日常活動における目的の一つに反映させられればと考えています。
1997(平成9)年に河川法が改正され、河川整備の目的に治水、利水に環境保全が加わり、以降、各地の護岸が見違えるように変わってきています。それと同様に、「生物多様性の保全」が目的の一つであるという意識が高まれば、緑化計画や施工方法のレベルアップが期待できます。当社では、生物多様性に関する従業員教育を徹底するとともに、資材調達ではグリーン調達はもとより、資材のプレカット化や代替型枠の利用など、省資源に向けた改善が進んでいます。また、最近では、都市域に位置する開発計画地周辺の生態系への影響を予測する「UE-Net」というシステムを新たに開発しました。これを機に、建設計画時や設計時に、建物と生態系を結びつける提案をより積極的に行っていきたいと考えています。
一方、こうした生態系保全への取り組みを広く一般に知ってもらえるよう、当社ではシミズ・オープン・アカデミーという公開講座を設けるなどして、情報公開と社会とのコミュニケーションを高めることも始めています。
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香坂
その取り組み姿勢には大いに賛同します。生物多様性や生態系サービスは、企業経営を持続させる上で不可欠なもの。ゆえに、その保全は社会貢献活動や慈善事業となることもありますが、本来は企業活動の基盤として取り組むべきことなんです。貴社のように、従業員教育や情報公開によって、まずはその認識を広めていくことが大切です。
合意形成こそ生物多様性の未来に不可欠
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香坂
生物多様性条約の目的の一つに「遺伝資源の利用から生ずる利益を公正かつ衡平に配分すること」というテーマがあります。動植物や種子などといった遺伝資源の多くを保有している発展途上国と、それを利用する先進国との間で、バランスよく利益を分配する仕組みを考えようというものです。今後、立場の違う国同士がどう歩み寄り、合意形成を進めていくのか。その動向は、COP10で最も注目されている議題となっています。
生物多様性の未来については、私たち人と人、国と国とがどういう取り決めをつくっていくかが一番のポイントになってきます。ですから、今後の議論を進める上では合意形成のノウハウが不可欠であり、とても重要になります。
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東條
国家間の合意とは話のレベルが異なりますが、実は建造物をつくる過程でも、合意を積み重ねることが非常に大切なんです。建設工事にはお客様や設計者をはじめ、地域の方々、自治体、関係官庁など、多くのステークホルダーの方々が関係します。関係者間の会話と合意はなくてはならないものです。建設業にとって合意形成を追求する姿勢やそのプロセス管理は、確かな品質のものづくりと併せ、生産活動の根幹といえます。
ビジネスチャンスは保有する技術の中に
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東條
今後、生物多様性に対する取り組みが世界的に進む中で、新たなビジネスチャンスが生まれてくる可能性も考えられますね。
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香坂
生物多様性に着眼したビジネスというと、どうしても「大手企業だからこそ可能」と思われがちですが、必ずしもそうではないと思います。日本の中小企業は、特に製造業やものづくりの面において、オンリーワンの技術を持っている場合が多々見受けられます。
また、各企業が得意とする分野が、10年後、生物多様性の保全にとって有望となる可能性も十分にあります。ですから、保有する技術を生物多様性と積極的に関連付けて一つずつ棚卸ししていけば、自社の強みが明確になり、ビジネスチャンスが見出せるのではないかと思います。既に、さまざまな形で生物多様性の保全をチャンスにつなげようとする企業の試みが進んでいます。
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東條
確かにその通りです。地球温暖化対策でいえば、CO2排出量削減への取り組みは、10年前には企業のCSRの対象でしたが、今ではコンプライアンスの対象となっています。生物多様性についても、短期間のうちに一歩進んだ対応が求められることでしょう。当社としても、その社会的要請に応えられるよう、個別建物での緑化に伴う虫害対策の解決といった身近な課題から、生態系の保全や環境創出・復元に関する技術まで、具体的事例の積み上げにより技術レベルを高めていきたいと考えています。
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香坂
COP10は、日本が世界に存在感を示す大きなチャンスでもあります。2年後のCOP11までの間、議長国を務める日本としては、生物多様性への取り組みを世界的にリードし、エネルギー分野とともに環境の分野でも、国際社会に広くアピールしていく必要があります。そのためにも、COP10を機に、日本の企業による生物多様性への参画が大きく推進することを期待しています。
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東條
本日はありがとうございました。
本ページに記載されている情報やPDFは清水建設技術PR誌「テクノアイ6号(2010年7月発行)」から転載したものであり、内容はすべて発行当時のものです。