建物は、一度建てられたなら数十年は使い続けるもの。建物設備の機能やサービスも同様、基本的には竣工時に用意されたものを使い続け、そうそうアップデートすることはできません。つまり、完成した瞬間から陳腐化が始まってしまうという宿命を背負っているといってもいいでしょう。ところがこの宿命に抗うような新技術が登場しました。建物にOS(オペレーティングソフトウェア)をインストールしようという大胆な発想によるものです。これによって何ができるようになるのか、ビルはどのように変わっていくのか。建物OS「DX-Core」を開発したエンジニアたちに話を聞きました。
建物の“スマホ”化でユーザーに新たな価値あるサービスを
パソコンやスマホには基本ソフトウェアとしてOS(オペレーティングシステム)が入っており、ユーザー、ハードウェア、アプリケーションをつなぐ役割を果たしています。用途に応じたアプリケーションをキーボードやマウスなど同じ操作で扱うことができるのは、ひとえにOSのおかげです。
では建物OSとはどういったものなのか。DX-Coreの開発を主導した越地 信行は次のように説明します。
「清水建設では建物の中央監視システムの自社開発にはじまり、40年以上にわたって建物とICTを融合させるノウハウを磨いてきました。2017年にはIoTデバイスによる建物監視・制御技術も開発しています。それらを土台として開発したのが建物OS『DX-Core』です。コンセプトはずばり、建物の“スマホ”化です」(越地)
越地のもとでDX-Coreのシステムサイドの開発リーダー的な役割を果たしてきた本田 力也は、前職でシステム開発に携わってきたキャリアの持ち主です。
「建物はいったん建てられたら機能やサービスはアップデートできないというのがこれまでの常識でしたが、最近は自動車にもOSが搭載され、さまざまな機能がアップデートできるようになっています。同じようなに建物も機能やサービスをアップデートさせられないか、新しい機能や価値を追加して、建物価値を上げていけないかという発想からスタートしました」(本田)
中央監視システムのリプレースを手がけ、DX-Coreでは主に建物に実装する際のフィールドエンジニアリングを担当しました。
「DX-Coreは、設備同士をつなぎ、設備と利用者をつなぎます。最大のポイントはシステム連携のシンプル化。従来は設備とサービスは1対1で連携させる仕組みが必要でしたが、連携のためのインターフェースを持ったDX-Coreが間に入ることで、設備やサービスの更新時に連携の仕組みごと作り変える必要がなくなります。工期もコストも圧縮できます」(菅原)
さらにDX-Coreではグラフィカルなユーザーインターフェースにより、設備同士の連携にも煩雑なプログラミングが不要と、ユーザーのことをとことん考え抜いた仕様になっています。
建物のオーナーにも、建物内施設の運用管理者にも、さらに建物を利用するすべての人にとっても、メリットの大きな仕組みというわけです。
現場のリアルにバーチャルというシステムを組み込む“産みの苦しみ”
2019年4月に基本コンセプトが策定され、技術開発とその評価がスタートしたDX-Core。約2年の開発期間を経て2021年3月には清水建設の東北支店、北陸支店にインストールされたのに続き、大規模案件として建築中の商用オフィスビルにも実装されることになります。菅原や本田も現場での実装作業に携わり、おおいに汗をかくことになりました。
「当初は小規模な案件からスタートするはずだったところが、コロナをはじめとする外部要因の影響で、いきなり新築の大型案件が始まってしまいました。しかも、ここをスマートシティ構想のひとつにしようということになり、社内の関連部署も増えて、さまざまなリクエストが追加されることになりました。サブシステム側の変更や機器も大幅に追加され、現場の工程の進捗と入れるべき設備の調整に苦労しました」と菅原が振り返れば、本田も次のように話します。
「たとえば、カメラで撮影した映像をAIで判定し、人数を数えたり特定の人を認証するというロジックを作るときに、どこにカメラがあり、どれくらいのスピードで認証して次のシステムに伝えなければならないかというのは、実際に現場でものを動かしてみないとわからないのです。カメラの配置やセンサーの設置場所など、物理とソフトをうまく融合させる現場でのチューニングに時間を費やしました。菅原さんが現場を、私がソフトを見るという連携でどうにか乗り切ったという感じです」(本田)
この二人の苦労を越地は冷静に分析します。
「建築は作って終わりという一発勝負の世界なのに対し、ソフトの世界はPoC、作りながら改良していくもの。DX-Coreはそれらを一体化したものといえます。一発ものの建物にソフト側が仕様を合わせこまなければならない。これは建設とソフトの両方を知り尽くしている清水建設だからできたことでしょう」(越地)
スマートビルのあるべき姿を具現化するDX-Core
前述した大規模案件とはメブクス豊洲のこと。清水建設が主導する街区開発「(仮称)豊洲六丁目4-2・3街区プロジェクト」の一環として建てられた大規模賃貸オフィスビルです。ここでの実装に活躍したもうひとりの技術者、鈴木 健太郎にも話を聞きました。
「私はまさにメブクス豊洲に実装というタイミングでキャリア入社しました。個人的には前職がシステム開発で、建設業のリテラシーが不足していたこと、多様な設備ごとに連携するシステムがあり、それらの仕様を把握することに苦労しました」と鈴木は話します。
彼らの苦労のかいもあり、メブクス豊洲ではビル内施設の混雑状況をサイネージやスマホアプリに配信したり、顔認証とセキュリティシステムを連携させたりといったユーザー向けサービスを提供しています。また、各設備の稼働データ集計によるテナント請求書発行など、ビルの運用・管理に寄与するサービス提供も実現し、今後はロボットによる郵便物やケータリングの配送サービスの検証も予定されています。
メブクス豊洲での実務を経て、オフィスビル向けDX-Coreのサービス構築とその実装については、ひととおりの目途がついたと越地たちは自信を見せます。
「空調や照明を個別に制御するだけなら、それぞれの設備ベンダーにおまかせすればいい。そうではなく、さまざまな設備を横断して、価値あるサービスを作ることこそがゼネコンならではのDXであり、そのためのDX-Coreです。今後は病院や物流倉庫、学校など、適用できる建物を増やしつつ、各展開先でデフォルトとなるべきサービスを考えていかなければ。開発はまだまだ続いていきます」(越地)
4人を代表して本田がDX-Coreの意義を次のように話します。
「レジの自動化をはじめ、DXによって人の働き方はどんどん変わっています。ビル内のサービスや設備管理も然り。5年、10年後にビル内で働く人、ビルを運用する人のことを考えれば、建物のDX化は必然と考えるべきです」(本田)
最後に、ゆくゆくは他社が設計・施工した案件にもDX-Coreを展開していきたいと野望を語り、IoTセンサーを活用してデータを蓄積し、建屋自体の延命につながるような技術も開発したいと付け加えた越地。
スマホのように、適切なタイミングでサービスや機能をアップデートしていけるビルーDX-Coreが拓くのはこれからのスマートビルのあるべき姿なのです。