大きな地震が起きると、地下水位が高い砂地盤では液状化が発生します。地震の衝撃を受けた地盤が収縮しようとすることで地中の水分の圧力が高まり、水圧が100%に達すると地盤を構成する土や砂の粒子の結合がゆるんで地盤が液体状の性質に変わってしまうという現象です。清水建設にはこの液状化に挑み、対策ソリューションを開発してきた歴史があります。今回はそれらの技術開発に携わる3名の研究者に話を聞きました。
シミュレーションと地盤改良技術
シミズの液状化対策ソリューションは、液状化を数値解析してその影響を評価するシミュレーションプログラムと、その結果をベースに実際の建物や構造物に適用するための地盤改良技術に大別できます。前者の立役者が福武。そのきっかけとなったのは原子力発電所建設に関連する地盤の研究でした。
「私が入社した頃は、これからどんどん原発を作っていこうという時代。当時は地震の影響が比較的少ない堅固な岩盤上に建設することが必須条件でした。あいにく日本にはそのような建設適地が少ないため、砂礫(砂利)地盤にも建設できないかという動きが高まり、その一環で、砂礫地盤ではどの程度の水圧上昇が生じるかの研究を担当することになりました」(福武)
砂礫地盤の場合、砂地盤のように液状化にまでは至らないものの、地震発生時に地中の水圧が上昇する現象は共通します。1985年からスタートした福武の研究は、奇しくも液状化対策の先駆的な取り組みとなったのでした。
おもに地盤改良技術に携わってきた石川は、入社から十年ほど、地下水の流れを解析し、地下掘削時の安全を担保する技術開発や現場支援に携わっていました。
「地下水の流れは地盤挙動の一部に過ぎないことから、地盤の挙動全般を扱いたいと考えるようになりました」(石川)
ここで石川が用いたのが、地盤そのものを直接研究するのではなく、数学的な理論を地盤に適用するというユニークなアプローチ。
「学生時代の研究テーマが、固さが異なるものを均質なものとして扱う数学理論だったので、理論的なバックグラウンドはあったのですが、そんなことを考えたのは私くらいのものでしたね」と石川は笑います。この研究テーマが複雑な地盤の挙動評価にも活用できるのではということから、石川は液状化と地盤改良技術に関わることになります。
もっとも若い周は、東日本大震災の当時、地盤工学系の研究室に所属していました。
「地震発生の翌日には研究室の全員が実地調査のために各地に赴いたのですが、私はたまたま浦安に行くことになり、それまで古い映像や写真でしか見たことがなかった液状化の実際を目のあたりにすることになりました」(周)
液状化すると、水は土砂を巻き上げながら地表に吹き上がってきます。戸建住宅や電柱など、水より比重の重いものは沈みますが、マンホールなどの軽いものは水と一緒に浮き上がるという現象が起きるのです。
「電柱や住宅が沈んでいる一方で、マンホールが頭の高さまで浮き上がっていたりと、異様な光景でした」と振り返る周。この体験がきっかけとなり、入社してから地盤、液状化を扱うようになりました。
液状化対策は地盤挙動の把握がポイントだった
福武の成果のひとつに、液状化を予測する有効応力(砂や土、砂利の粒子の集合を保つ力)を三次元でとらえて解析することができるシミュレーションプログラム「HiPER」の開発があります。砂礫地盤研究の過程で、「おわんモデル」の原形を構築していたものの、これを三次元化できたことがこの技術を確立するブレークスルーになったと福武は話します。
「地震とは縦揺れもあれば横揺れもあり、それらが複合的に発生するもの。二次元のままの解析ではどうしても近似の内容にとどまります。地盤の動きをありのままにとらえるためには三次元化が必須だったのです」(福武)
液状化を含めた地盤の挙動を三次元で捉えるプログラムは世界初の快挙であり、NHKでも取り上げられました。1991年に発表された「HiPER」はその後数々の案件に適用されるとともに、2018年にはより解析精度を向上させるなど、進化・発展を続けています。
一方、石川の功績のひとつは、地震発生時の地盤の初期せん断ひずみの量と地中の水圧上昇の相関関係を定量化したことで、液状化対策のひとつである格子状地盤改良工事をどの程度の規模で実施すればいいのかを明らかにしたことです。初期せん断ひずみは、地震により地下水圧が上昇し始める前までに生じるひずみのことを示します。格子状地盤改良自体は古くからある技術ですが、せん断ひずみをどの程度抑えれば液状化にまで至らないのか、明確になっていませんでした。
「液状化のメカニズムは1960年代頃から世界中で研究され、知見として積み重ねられてきたいくつかの計算式があります。それらをせん断ひずみと地震後に生じる水圧比の関係としてまとめ、チャートとして可視化した結果、格子状改良の改良率や改良体の固さを算定・設計できるようになりました」
石川は、地盤表層を簡易的に改良するだけで、地盤の変形を抑え、液状化被害を防止する「グラベルサポート」という技術の開発にも関与しています。
「簡単に言ってしまうと、地盤表層付近に水を通しやすい層を敷設し、水の逃げ道を人工的に用意することで、水圧上昇を防いで液状化を抑制するという技術です」(石川)
どちらも「HiPER」による解析で有効と判定され、ソリューションとして結実したもの。福武の研究成果が活用された一例ともいえるでしょう。
さらに、周が取り組んでいるのは、地盤改良ソリューションを補強しつつ、従来よりも低コストに施工できる技術の開発。液状化被害ゼロへのチャレンジは脈々と受け継がれているというわけです。
三者三様、地盤のスペシャリストのこれから
3人の研究者に共通しているのは、大学時代に地盤と出会い、そのおもしろさに魅了されたという点でした。
「大学に入った頃は地盤や土が力学の対象になっていること自体を知らなかったので、3年でそれを知ったときはびっくりしました。構造力学などと違い、土質力学は自然材料が対象で、まだきちんと体系化されておらず、研究材料がたくさん転がっている。こんなにおもしろい学問があるのかと思ったものです」と福武が振り返れば、石川も次のように述懐します。
「私はもともと建築志望だったのですが、大学3年の時に連続体力学の授業を聞き、その先生に憧れて入ったのが岩盤力学の研究室でした」(石川)
周ももともとは建築志望だったと話します。
「建築家を目指していたのですが、やはり3年のときに地盤工学の授業を受けてみたら、それがとてもおもしろかったのです。地盤はいってみればつぶつぶの集合体で、鉄やコンクリートなどとはまったく性質が異なります。まだわかっていないこともたくさんあって、研究テーマに事欠かない。研究室を選ぶときも地盤工学一択でしたね」(周)
最後にこれから取り組んでみたいテーマについて聞いてみました。
「南海トラフ地震が発生した時の地盤の挙動に危機感があります。液状化も破壊現象の一種ですが、液状化ではない地盤破壊が起きるのか、あるいは液状化の範疇で収まるのかを解明したい。ゼネコンとしてはインフラも数多く手がけているので、こうしたテーマの意義は大きいと考えています」(福武)
「今手がけていることの延長として、地盤だけでなくその上の建物も含めて評価できるようにしていきたいと考えています。今は免震構造の建物も増えていますが、免震の効果は地盤が硬ければ硬いほどよく効くもの。そこを含めて評価する軸ができれば、建物の構造が変わる可能性もあるのです」(石川)
「最近の建物は重くなってきています。たとえば超高層の構造物はその重さで少し地面が沈みます。ということは建物に力がかかっているということで、それに耐えられるような設計が必要です。どれくらい沈むのか、そうした圧力がかかると地盤はどのように挙動するのか、といったことを正確に予測できるようにしたいと考えています」(周)
彼らのような地盤のスペシャリストが存分に力を発揮することで、地震大国といわれる日本でも液状化、ひいては地震による被害も小さくなっていくことでしょう。今後の活躍に期待したいところです。