清水建設の病院・医療関連の技術に「クリーンコンポ」というソリューションがあります。独自の手術室専用空調ユニットを用いることで、手軽に手術室を実現できるというもの。従来は複雑な工程を要していた手術室の設置を、いわばユニットバスのように効率的に施工できるということで、多数の導入実績を持つヒット商品となっています。そしてこのほど、その進化・発展形として開発されたのが「クリーンコンポ デュアルエアー®」。これまであまり顧みられることのなかった医療従事者の手術室空調に対する潜在的な不満に応え、患者はもちろん、手術室で働くすべてのスタッフに快適さと、空気清浄化による安全を届けることができる技術に仕上がりました。その開発メンバーを代表して、2名の技術者に話を聞きました。
開発トリガーとなった医療現場の潜在ニーズ
「クリーンコンポ デュアルエアー®」はその名のとおり、デュアルエアー=2系統の空調気流を用いることで、手術室に異なる温熱環境を実現することができる画期的な技術です。開発のきっかけになったのは、医療従事者の手術室の温度に対する潜在的な不満でした。
「同じ手術室の中にいても、執刀医は着衣の量が多く、無影灯の熱を近くで浴びるので暑いのに対し、周囲のスタッフは比較的薄着なので寒いという、温度に対する正反対の不満がありました」と話すのは設備設計の今井田。この開発プロジェクトではリーダーを担っていました。
ところが、こうした不満は医療従事者同士では共有されていたのかもしれませんが、外部にはほとんど伝わってきませんでした。「手術室の環境は患者優先で考えられ、医療スタッフは我慢するものということが既成概念になっていました」と、クリーンルームの研究開発に携わってきた技術研究所の山田は振り返ります。
「クリーンコンポ」の施工と維持管理を手がけていた関連会社を通じてこうした声があることを知った山田を中心に、病院の空気環境の現状を把握する調査が動き出しました。
ところが、ここで最初の困難に直面します。前例のない調査に協力してくれる病院がなかなか見つからず、病院内の共感者や賛同者を探すところからスタートせざるを得なかったのです。関係者総動員で働きかけ、数年をかけて8病院の実測調査を実施した結果、上記のニーズが確実にあるということを把握し、空調に改善の余地があることを確信しました。そして、設備設計部と共同の開発プロジェクトが発足しました。
ポイントは2系統の気流の生成とそのコントロール
執刀医と周囲のスタッフの両者それぞれに快適な温熱環境を提供するには、2系統の空調が必要だということは当初から認識していた今井田は「それをどのように組み合わせて使えば、互いに干渉せず、独立して機能させることができるのかということが課題でした」と話します。
さらにここでもハードルになったのは既成概念。空調は天井部から吹出して床付近から吸込むという従来の常識でした。
「この気流のままでは、冷気は重いので下に滞留してしまうということを実測調査で把握していたので、流れを変えることがキーになると考えました」(山田)
そこで山田はシミュレーションを駆使し、天井からの吹出しという既成概念以外の有望な吹出しパターンを検証しました。さらに技術研究所内に手術室のモックアップを作成し、限りなく実際の手術室に近い環境で実証実験を行い、壁から横方向に吹出すことで作り出される“旋回流”が有効ということを明らかにしたのです。
執刀医がいる術野エリアへは天井からの垂直下降流、周囲のスタッフがいる周囲エリアに向けては水平旋回流と、この2系統の空調の考え方、使い方が技術的なエポックとなりました。
「換気風量は同じでも、気流性状が変わると空間の温度や清浄度はまったく変わってしまいます。この気流の最適なコントロールを、気流シミュレーション、モックアップでの実証実験、そして実際の病院の手術現場での検証を通じて確認し、さらにクリーンコンポで積み重ねたノウハウであるコンパクトな空調ユニットや空調制御を活用して、低コストで実現させたのが、クリーンコンポ デュアルエアーです」(今井田)
手術室空調の新たなスタンダードへ
クリーンコンポ デュアルエアーの意義は快適性だけではありません。手術中の工程や手術内容に応じた柔軟な温度管理を可能にし、さらに手術室全体の清浄度回復性能も向上させています。これらが高く評価され、空調関連でもっとも権威のある空気調和・衛生工学会賞の技術賞を受賞しました。
山田も「手術室空調のテーマは研究開発から実用化のフェーズへ移りました。今後は普及展開に力を入れながら、これまでに培った知見を生かして、新しいテーマに取り組んでみたいですね」と意欲を見せます。
すでに8病院72室に採用され、病院のコンペ案件における競争力強化につながっているクリーンコンポ デュアルエアー。一方で、その優れた空気清浄度回復性能は、新型コロナを含むウイルス感染症に対する応用も期待されています。これからもさらにきめ細かく医療現場のニーズを捉えることで進化し、日本の、そして世界の医療環境向上に貢献していくでしょう。