清水建設と王子ホールディングスが共同開発している、『紙』を使った仮設資材ソリューションがKAMIWAZA。重厚長大の象徴のような建設の現場に、まるで正反対の素材のように思われる紙を用いるという発想で注目を集めています。その開発を主導しているのは、「人がやっていないことをやりたい」といってはばからない、新しもの好きのアイデアマンでした。
防音に優れた素材を求めて、紙に行き着く
そもそも宇野は、防音・遮音に使える軽くて丈夫な素材を探していました。その過程で紙に着目したのは、2016年に共通の知人を介して王子ホールディングス株式会社の担当者を紹介されたことがきっかけだったといいます。
「東銀座のショールームに見学に行き、いろいろな素材を見せていただきました。その中で、特に興味を惹かれたのが、『ハイプルエース』という3層構造の頑丈なダンボール材、そして消臭剤の芯に使われていた『ハトシート』というシート材でした」と宇野は振り返ります。
グリーンインフラグループ 宮瀬文裕
ハイプルエースは重量物の包装や搬送に使われていたダンボール材。軽く強く、構造内に空気の層を含んでいるため、保温性や遮音性に優れています。宇野は手始めに、騒音・振動対策の技術を担当していた現:設計部グリーンインフラグループの宮瀬とともに防音性能を検証する実証実験を行い、金属音などの高い音には十分効果があることがわかりました。
そこで、地面に杭を打ち込む際の防音に試してみました。杭打ちハンマーの防音カバーは下部が開いており、打設時に5km離れたところからクレームが来るほどの音が漏れます。その開口部をハイプルエースで作成したフタで塞いでみると、高音域の騒音がかなり低減されていました。この結果に満足した宇野は、さらに耐久性の検証に乗り出します。
手前の白いものがハトシート
湿度70%になる工事中のトンネルに、防水処理の有無など仕様を変えた部材を、最長1年間置いたところ、濡れるとさすがに強度は低下するものの、乾けばそれが回復することがわかりました。ダンボール材が使えるという手応えを得たのです。
「軽いので老人や女性でも運べるというのが最大のポイントです。防水、耐火、強度と機能性も高い。使い終えて不要になったら現場で潰せますし、ほぼ100%リサイクルできます。当社が推進するSDG's(持続可能な開発目標)のさまざまな要項にも適合します」(宇野)。
KAMIWAZAが産声を上げた瞬間でした。
軽い、扱いやすい、紙ならではのメリット
ハイプルエースは早速、トンネル工事現場における風門の仮設材に使われました。トンネルは貫通して空気が流れるようになると、温度や湿度が急激に変わり、せっかく固めた覆工コンクリートが乾燥してひび割れてしまいます。これを防ぐために一時的に覆工コンクリートを覆って養生することが必須なのです。
「これまでは専用のバルーンで養生していたのですが、これを代替するものとしてハイプルエースを使用することを考えました」
事前にトンネルの開口部に合わせたサイズと形にプレカットしておいて、現場で組み立て、作業員が組み上げました。1パーツが2kgほどと軽いので重機は不要。高所作業車だけで施工できます。足場を含めてこれまでの1/2ほどのコストで、十分に目的を果たすことができました。
一方のハトシートはというと、ダム建設工事現場の骨材(コンクリートと混ぜ合わせる石など)の保管庫を覆うシートに活用しました。大規模な土木工事の現場では付近の野生動物、特に猛禽類に対する配慮として設備を茶や緑などのアースカラーに塗装します。ところが、コンクリート骨材の保管庫に限っては、温度上昇がコンクリートひび割れの要因となるため、太陽光を吸収しやすい暗色は好ましくなく、むしろ建屋に水を流したりエアコンを用いるなどして冷やしているほどでした。
宇野は30cm×30cmにカットしたハトシートを緑色と茶色のナイロン製防塵ネットに入れて避難ばしごにくくりつけた仮設材で保管庫を覆いました。ハトシートは自重の11倍もの水を吸い込むので、常時水を流す必要はなく、3日に1度、水を含ませれば、十分に目的を果たします。
これがKAMIWAZAのひとつ、アースカラークールシートです。
「温度を計測したところ、なにも対策していないところより15度ほど低くなっていました。また、ただ建屋を塗装するよりも、いい感じで周囲の森林に馴染んでいると思います」と宇野は話します。
土木の現場をもっといい職場にしていきたい
宇野は大学では一般的な土木工学(河川工学)を学んできたといいます。同じ土木の領域ながら、なぜKAMIWAZAのような今までにない技術を生み出すようなことになったのでしょうか。
「現場にも行きましたし、支店の技術部に所属したり、ICT関連の技術企画を手がけたりと、いろいろ経験してきた中で、現場にもっといいものがあればいいのにと思うことが多かったのです。それがモチベーションになっているといえるでしょうか」
その背景には土木の現場をもっといい職場にしたいという想いがあります。
「土木は国の根幹に関わる重要な仕事です。それなのに3Kの代名詞のようにいわれ、なかなかいい人材が来てくれません。これを打破するために、もっと現場の生産性を上げていきたい。そのためのソリューションのひとつがKAMIWAZAなのです」
宇野はKAMIWAZAを現場で使ってもらうために、さまざまな工夫を凝らしています。たとえばアースカラークールシートでは、ハトシートを入れるナイロンネットも避難ばしごも、入手しやすく加工しやすいことを重視して汎用品を使用しています。
「現場で負荷なく使ってもらわないと意味がありませんし、使ってもらえれば改善するポイントも見つかりますから」と笑顔で語る宇野。
今後の目標としてはKAMIWAZAのラインアップをさらに拡充していくほか、やはり土木現場の環境改善に寄与する技術を開発していきたいと話します。
「今、開発しているものに、マスクと耳栓が欠かせなかったトンネル工事現場のコミュニケーション改善に、骨伝導を利用した会話システムがあります」
人がやっていないことをしていきたいと語る宇野の生み出すアイデアは、土木の現場を次々に変えていくに違いありません。
KAMIWAZAの生まれた場所(王子ホールディングス1号館)
KAMIWAZAを生み出すきっかけとなった王子ホールディングス1号館にあるショールームを訪問しました。
展示されていたのは段ボール素材でできた梱包材、ティッシュペーパー、おむつ、抄繊糸(しょうせんし)と呼ばれる紙の糸など、様々な形態の「紙」でした。
眞田 祥平氏
共同開発先である王子ホールディングス株式会社の眞田さんは「建設工事の過程でどのようなものが必要になるのか全くわからず、仮設資材への使用は本当に想定外でした。」と振り返ります。
通常、工事現場は仮囲いされているため、中がほとんど見えなくなっています。今回の共同開発によって、今まで何気なく目にしていたものの用途に改めて気づいたそうです。
塩野 順氏
同社の塩野さんは建設現場の仮設材としてのハトシートの使い方に驚いたと言います。
「私たちは『消費者』に向けた製品として1枚数円というコスト意識があります。その中でハトシートはいわゆる『高級品』にあたります。それを大量に使用するという発想は全くありませんでした。」
工事現場では何が必要か、紙素材を何に使えるのかという視点を取り入れることによって、紙の持つ可能性が広がったと話していました。
異業種同士の交流から生まれたKAMIWAZA。これからも色々なアイデアによって、商品が開発されていくに違いありません。