建設に長い年月がかかる巨大なダム。重力式コンクリートダムの場合、膨大な量のコンクリートを打設する工程が、全工期のほぼ半分の時間を占めます。このほど、その工程を自動化する「ダムコンクリート自動打設システム」が開発されました。
打設効率を10%も向上させるというこのシステムは、清水建設をはじめとする企業体が取り組む岩手県・簗川ダムの建設現場で採用され、稼働を始めています。令和元年度日本建設機械施工大賞の最優秀賞に輝いたこのシステムを作り上げたのは、ダムに魅入られた男たちでした。
要素技術の統合で自動化を実現
開発プロジェクトをリードした清水建設きってのダムのスペシャリスト 山下哲一はダムの作り方を次のように説明します。
「自重で水をせき止める重力式コンクリートダムの建設には膨大なコンクリートが必要です。そのためバッチャープラントと呼ばれるコンクリート製造設備を現場に建設します。そして製造したコンクリートを軌索式ケーブルクレーンで運搬して打設し、締め固めます。工程はそれだけのことなのですが、この工程をひたすら繰り返します」
軌索式ケーブルクレーンに吊り下げられたコンクリートバケットが1回で運べる量は約5m3。比較的小ぶりな簗川ダムでも建設に必要なコンクリートは約22万m3。単純計算で4万4000回も繰り返すことになります。
ダムコンクリート自動打設システムは、コンクリート製造設備への材料供給からダム本体の部位に合わせたコンクリートの配合、軌索式ケーブルクレーンによるコンクリート運搬と打設までの工程を統合し自動化したものです。必要な作業は、事前に作成した打設計画に基づき、軌索式ケーブルクレーンの運搬先となる打設位置の3次元座標と、投入するコンクリートの配合種別などのデータを入力をするだけ。あとは全自動で打設が進みます。試算では1回の打設時間を約20秒短縮できるとのこと。わずか20秒とはいえ、20秒×4万4000回ですからその効果は絶大です。
「全体で約10%の打設効率向上が見込め、その分、工期もコストも削減できます」と山下は胸を張ります。
誤差1mでコンクリート打設を可能に
開発は2018年12月、関係各社を集めたキックオフにてスタートしました。
「コンクリート配合の自動化、運搬するトランスファーカの自動運転など、各種の要素技術はすでに確立されており、最後の難関が軌索式ケーブルクレーンの自動制御でした。今回、これを実現させたことが、このプロジェクトのハイライトになります」(山下)
森山 忍
軌索式ケーブルクレーンはT字状に張られたケーブルの上をクレーンが動きます。固定式クレーンに対してケーブルワイヤーのたわみなどの不確定要素が多く、操作には熟練の技術が必要であり、その自動制御は困難を極めました。これを担当したのが森山忍です。
「2018年の5月から現場検証を始めました。ダム建設そのもののコンクリート打設を止めるわけにはいかないので、基本的には休工日にテストをしていましたが、最初はデータ上で設定した位置にコンクリートを放出できず、10mも誤差がありました」と当時を振り返って笑う森山。
プランでは打設計画図上の2.5m×2.5mに区切られたマスを狙い、ピンポイントで打設できるようにすることが目標でした。3ヶ月に及ぶ検証と微妙な調整の結果、今では誤差1m以下で荷降ろしできるほどの精度を達成しています。
立花 すばる
また、このシステムでは自動化された各工程全般をモニタリングし、リアルタイムでアニメーション表示する総合管理画面も制作されています。新人として配属されたばかりの立花すばるが、この開発を担当しました。
「各工程で用いる機器から収集したバラバラのデータを集約し、必要なデータを連携して画面に表示できるように交通整理をする役割でした。最初はダム建設の右も左もわからず、情報システムに詳しいわけでもなかったため、みなさんについていくのがやっとの状態でした」と立花は話します。
省人化を進めて建設現場の課題を解決
生産性向上の観点から開発がスタートしたこのシステムは、今後の建設現場の課題解決にも貢献すると森山は期待します。
「操作が難しい軌索式ケーブルクレーンは技能者育成に時間がかかります。一方で、熟練技能者は年々減っています。その意味でこのシステムの意義は大きいと思います」(森山)
このシステムにより作業員を約2/3に低減できるうえ、軌索式ケーブルクレーンに不慣れなオペレーターでも作業が可能になります。
山下 哲一
「私が若手だった頃に現場でお会いしたベテラン作業員が今でも現役なのですから、現場の高齢化は深刻です」と話す山下。このシステムがあれば、いずれ起こる熟練技能者の大量離職にも対応できるようになります。その一方、ベテランの職人ほど自分の技術に自信があるため、自動化に懐疑的で最初は抵抗するとのことですが、「新しいことにチャレンジして省人化していかないと、いずれ現場が立ち行かなくなってしまう」と山下の危機感は強い。山下も森山も、ダム好きを公言するほどダムに愛着を持っています。
「会社人生の半分くらいはダムの現場に携わってきました。ダム建設はスケールが大きくやりがいがあります。仕事のやり方を含めて自由度の高いところが魅力です」(山下)
「以前関わっていたトンネルは掘っても掘っても景色が変わりません。それに比べるとダムは同じ山の中でも開放感があるし、日々前に進んでいるのが目に見えます」(森山)
さらに立花もこのプロジェクトをきっかけに、ダムの魅力に目覚めてきたようです。
「ダム建設は本体を作るだけでなく、コンクリート製造設備や発電所を建てたり、トンネルを掘ったり、橋を架けたりとさまざまな工種を経験できます。いい勉強になったと思います」(立花)
さまざまな困難を乗り越え、ダムに魅入られた男たち(と、魅入られつつある男)が完成させたこのシステム。軌索式ケーブルクレーンの制御をはじめ、各工程の自動化と連携を実現させたことから、多方面への応用も大いに期待されています。