2011年3月の東日本大震災を機に、「M9クラスの大地震はいつ起こってもおかしくない」という考えが世間に広く知れ渡るようになりました。建設業界でも南海トラフや、相模トラフを震源とする巨大地震の被害から、首都圏の建物をいかにして守るかが喫緊の課題となっています。
清水建設 設計本部技術開発部 北村 佳久
免震構造に関心が集まる中、免震技術の開発を進めていた設計本部 技術開発部の北村佳久には、頭から離れないある疑問がありました。
「免震技術は、これで十分なのか?」
北村をはじめとした技術者たちは、これまでの免震構造の限界を超えるべく、新たな発想を元にした免震技術の開発に取り組んだのです。
建物を守るだけではなく、住む人の感じ方も考慮した免震装置
地震の揺れから建物を守る方式には、耐震構造、制振構造、免震構造の3通りがあります。
一般的な建物は耐震構造と呼ばれ、建物を構成する柱、梁、床といった構造体そのもので、地震の揺れに耐えます。この構造は地震の揺れを吸収することができないので、大きな地震に耐えるには、より太く頑丈な柱や梁が必要になります。しかし、柱や梁は細い方が建物の利用効率が高まるため、むやみに太くするわけにはいきません。そういったせめぎ合いの中で設計された建物には、おのずと限界があり、想定以上の地震を受けた場合には、建物の一部が壊れる場合があります。
制振構造は、地震の揺れを吸収するダンパーという装置を建物の骨組みの中に入れ、柱や梁に掛かる力を小さくするものです。柱や梁の太さが同じであれば、耐震構造に比べて大きな地震に耐えることができますし、逆に同じ性能の建物であれば、柱や梁は細くできます。耐震構造や制振構造は、建物に伝わる地震の力の強さという点では同じであり、この力に対してダンパーも含めた構造体でいかに耐えるか、という考え方でつくられています。
一方、免震構造は、建物の基礎部分に揺れを吸収する免震ゴムを挟む※ことで地震の力を柔らかく受け止め、力を弱めた上で、建物に伝えるという考え方になります。つまり、免震ゴムが地震の力を逃がし、建物の揺れを柔らかくゆったりとしたもの(長周期)に変えるのです。また、免震ゴムだけでは建物の揺れが長く続いてしまうため、揺れを吸収するダンパーを組み合せ、免震装置として建物に設置します。
実は、この免震装置に組み込まれるダンパーの強さが、建物の揺れ方に大きな影響を与えています。想定する地震が小さすぎると、大きな地震が来た時にダンパーの吸収力が足りず、免震ゴムの変形が大きくなりすぎ、破断してしまう懸念がありますし、想定する地震が大きすぎると、小さな地震の時にはダンパーが強すぎて、免震ゴムが全く変形しない、つまり免震構造にならない可能性があります。そして、最近の巨大地震への対応は、比較的小規模な地震における免震性能の低下につながっていることに、北村は強い問題意識を感じました。
「人々の生活に安心を与えるはず免震装置が、逆に人々を不安にさせてしまっている。」
そんな矛盾を解決すべく、巨大地震では最大限の効果を発揮しつつも、小規模地震でも必要な性能が得られる免震装置(ダンパー)の改良に着手します。
免震構造には、さまざまなバリエーションがあり、設置場所は基礎部分に限らず、素材もゴムに限りません。
オイルダンバーの効果を内部スイッチで切り替える
巨大地震を想定して免震装置に組み込まれるダンパーを強くすると、発生頻度の高い中小規模地震の際の免震効果が低くなる。中小規模地震に合わせると、巨大地震の時に免震ゴムが破断する恐れがある。このジレンマを解決するために、北村ら技術者たちは知恵を絞りました。性能を割り切って、建物が崩壊しなければ良いとする意見もありましたが、北村は「どのような規模の地震に対しても、建物も人も守ることができる、安定した免震力を発揮するシステム」の必要性を感じていました。
そして、ダンパーが地震の力を吸収する能力を揺れの大きさによって切り替えることができれば、どのような種類の地震にも対応できるという考えにたどり着いたのです。
地震で加わる力に対する吸収力を、揺れの大きさで切り替える仕組みには、さまざまなアイデアがありました。北村らが重視したのは、電気的な仕組みでないこと、メンテナンスが不要なこと、そして、巨大地震用の吸収力に切り替わった後、元に戻す手間が不要なことでした。地震後の停電で使えなくなるようでは困りますし、整備不足でいざという時に使えないのは論外です。そして、地震は繰り返すもの。大きな地震の後に繰り返される多くの小さな余震でも十分な免震効果を発揮したい。北村らはこれらの要件をまとめ、内部に吸収力の切り替え機構を備えた新しいダンパーとして、アイデアを練り上げました。そして、このアイデアを、カヤバシステムマシーナリーとの共同開発で実現することになりました。
しかし、ダンパーの内部は、当然ながら強烈な圧力がかかったオイルで満たされており、その中で、切り替え機構を機能させるのは、そう簡単なことではありませんでした。ロッドと呼ばれる切り替え部品が、圧力に耐えられず飴のように曲がってしまうなど、大きな壁にもぶち当たり、さまざまな実験を何度も繰り返しました。
その開発は、実に3年もの時間を要したのです。
「デュアルフィットダンパー」から「超免震」へ
そうした努力が実を結び、2017年4月に国土交通大臣の認定を取得し、2017年11月清水建設とカヤバシステムマシーナリーは、「デュアルフィットダンパー」の完成を発表。
「デュアルフィットダンパー」は、どんな地震でも高い免震効果を発揮することはもちろん、豊富なラインナップで、建物の用途や規模を選ばないことも売りの一つです。また、電源不要、メンテナンスフリーであることも、運用上の大きなメリットになると考えています。
現在、横浜みなとみらい地区に建設中の19階建てのビルに「デュアルフィットダンパー」が設置されています。このビルは地域の災害対策拠点として、巨大地震時にも事業継続や帰宅困難者対策としてのBCP機能が提供できる必要があり、そのためにも「デュアルフィットダンパー」が実現するレベルの高い免震性能に大きな期待がかかっています。
長年、免震技術に携わってきた北村はこの成果では飽き足らず、更なる高みを目指しています。
「建物の揺れを、今までの半分程度まで落とせないか?」
地震時の加速度はガル(gal)という単位が使われます。ちなみに重力加速度は約980ガルという大きさです。通常の免震構造で目標とされる建物の揺れの大きさは、加速度で200ガル。北村は、200ガルの揺れは「怖さ」を感じると言います。何にもつかまらずとも立っていられるのは、せいぜい100ガルまで。さまざまな実験を通して得られた感覚が、北村の想いを加速させます。
「データだけではなく、人の感覚を大事にして開発を進めること」
それを大切にしていきたいと北村は語ります。 建物を壊さないというレベルから、人が不安を感じないというレベルへ。さらなる免震の高み、「超免震」を目指すと、北村は心を新たにしています。