2024.07.30

テクニカルニュース

防災・減災

AIとIoTで伝統木造建築物を火災から守る

自動火災検知放水システム「慈雨」

当社は、AIの画像認識技術やIoT制御の消火装置を活用し、木造の伝統建築物を火災から守る自動火災検知放水システム「 ( ) ( ) 」を開発し、「温故創新の森 NOVARE」に移築した旧渋沢邸(江東区指定有形文化財「旧渋沢家住宅」)に導入しました。

慈雨は、AI画像認識により、建物外周部の監視カメラ画像から火災の発生と位置を検出し、その位置に対してピンポイントで自動放水します。放水圧力を制御することにより、火災による焼失と、水圧による建物の損傷リスクを同時に軽減することができます。

動画:慈雨による旧渋沢邸での放水の様子(0:14)

背景

国内の重要文化財指定建造物の約8割は木造建築です。そうした建造物が火災被害に遭う場合、その原因として「放火」及び「放火の疑い」が全体の7割を占め、とりわけ建造物の外周部等からの出火が多いとされます。そのため燃えやすい外壁面の火災拡大を抑えるための対策が重要です。

これまでの防火システムの多くは、炎の大きさが一定程度大きくならないとセンサが反応しないため、火災発生を早期に発見できないことが課題になっていました。また、消火時には、敷地内の消火装置を一斉に稼働させる仕組みのため、一度に大量の水を消費してしまい、鎮火しないうちに消火用水が不足するリスクや、放水圧力が高く、建物自体を損傷してしまうリスクも抱えていました。

自動火災検知放水システム「慈雨」の概要

システムの構成

「慈雨」は、AIにより火災を初期段階で発見する画像型火災検知システムと、放水により火災被害拡大を抑制する壁面自動放水システムで構成されます。

自動火災検知放水システム「慈雨」の構成
自動火災検知放水システム「慈雨」の構成

画像型火災検知システム:AIがわずかな異変も検知して火災かどうかを判定

画像型火災検知センサ(監視カメラ)からの画像データにより火災判定を行います。火災検出には約2,000枚の画像データ内から炎、煙および背景の3つの画像的特徴を事前に深層学習(ディープラーニング)させることで、監視カメラがリアルタイムに撮影した画像データから、即時に炎、煙および背景の画像部分を検出し、火災確度を評価(火災かどうかを判定)することが可能です。

上:昼間の火災判定のイメージ、下:夜間の火災判定のイメージ:炎か煙の可能性が検出(火災確度30%程度)された場合、画像型火災検知センサが自動で段階的に拡大撮影し、改めて火災確度を評価(火災確度80%以上で火災判定)することにより、昼夜問わず約30m離れた場所からの火災検出も可能
上:昼間の火災判定のイメージ、下:夜間の火災判定のイメージ:炎か煙の可能性が検出(火災確度30%程度)された場合、画像型火災検知センサが自動で段階的に拡大撮影し、改めて火災確度を評価(火災確度80%以上で火災判定)することにより、昼夜問わず約30m離れた場所からの火災検出も可能
炎か煙の可能性が検出(火災確度30%程度)された場合、画像型火災検知センサが自動で段階的に拡大撮影し、改めて火災確度を評価(火災確度80%以上で火災判定)することにより、昼夜問わず約30m離れた場所からの火災検出も可能

火災の判定と位置の特定に続いて、壁面自動放水システムの最適な稼働パターンを算出し、壁面自動放水システムを起動します。

壁面自動放水システム:出火点に限定して効果的に放水し、建物への損傷も防ぐ

水圧で建物が損傷するリスクを低減するため、軒下の外壁面に対して幅広く放水できる扇形の放水ノズルを採用しました。

ドレンチャーや放水銃などの放水手法に比べ、放水ノズルの採用により、壁面を損傷することなくまんべんなく放水可能
ドレンチャーや放水銃などの放水手法に比べ、放水ノズルの採用により、壁面を損傷することなくまんべんなく放水可能

また、敷地全体で一斉放水するのではなく、出火点を狙ってピンポイントで自動放水できるようにノズルの配置を工夫しました。最適な配置のため、建物の3Dモデルを用いてシミュレーションを重ねました。

旧渋沢邸での3Dモデルを用いた放水ノズル配置シミュレーション
旧渋沢邸での3Dモデルを用いた放水ノズル配置シミュレーション

軒構造の木造家屋の軒下壁面の実物大模型を使った検証実験を行い、高い場所にある壁面にも放水ノズルの使用が有効であることを確認しました。

動画:軒下壁面の実物大模型に点火・放水する実験を行い、火災の拡大を抑制する性能を検証した(0:13)

ARで放水を体感

文化財建築物への実際の放水は、頻繁に行うことができません。

そこで、旧渋沢邸では、AR(拡張現実)技術を活用し、実際の建物を背景として、タブレット上で放水の様子と重ね合わせることで、現地で建物への放水を見ることができるようにしました。

AR技術により、壁面放水の様子を映像と音で体感することができる
AR技術により、壁面放水の様子を映像と音で体感することができる

今後の展望

「慈雨」とは、万物を潤し育てる雨、日照り続きのときに降るめぐみの雨を意味します。その名が示すイメージの通り、火災や放水の圧力から建物をやさしく守ることができます。

今後は、人為的あるいは偶発的火災による建物の建築的価値の喪失を防止する技術として、全国の文化財建築物や伝統的な街並みの維持・保存に寄与していきたいと考えています。