2017.06.12

テクニカルニュース

維持・保全

ホテルニューグランド本館の耐震改修

当社は、去る5月31日(水)から6月2日(金)まで、東京ビッグサイトで開催されました「第22回 リフォーム&リニューアル 建築再生展2017」に出展しました。今回のテクニカルニュースでは、当社の展示内容のうち、「ホテルニューグランド本館の耐震改修」についてご紹介します。

ホテルニューグランドの外観。手前の低層建物が、今回工事を行った本館。奥の建物は平成3年竣工の新館。
ホテルニューグランドの外観。手前の低層建物が、今回工事を行った本館。奥の建物は平成3年竣工の新館。

横浜の観光名所「山下公園」に面した海を臨む「ホテルニューグランド本館」は、1927年(昭和2年)に建設されました。同建物は、その歴史的価値と永年にわたるクラッシックホテルとしての営業が評価され、1992年に横浜市の歴史的建造物に認定、また、2007年に経済産業省の近代化産業遺産に指定され、2016年には世界中のクラッシックホテルの中からベスト・ヒストリック・ホテル賞を受賞しています。

今回の工事では、こうしたホテルの歴史的価値を踏まえ、「受け継ぐ先人の想い。歴史の美学。」をコンセプトに、50年・100年先を見据えた施設づくりを目指して、建物の歴史的価値を保存・継承しつつ、耐震性能と防災対応の向上、ホテル機能のバリューアップを同時に行いました。

渡邊仁の設計、清水組(当社前身)の施工

  • レインボーボールルーム(改修後)
  • ザ・ロビー(改修後)
  • フェニックスルーム(改修後)
  • 外観(夜景)
  • 外観

耐震改修工事の概要

近年、大地震の発生が懸念される中、施設利用者の安全確保をホテルの事業継続における最重要課題と位置づけるお客様の方針の下、今回の耐震改修工事は計画されました。

一般的な建物とは異なり、本館の山下公園側外観は歴史的保存部位の指定を受けているため、外観に影響を与えるような補強方法は採用できません。加えて、2階パブリック部分にも同様に、歴史的価値が高く、内観の保存を要する部屋が3カ所存在します。

本館2階には歴史的価値が高く、内観の保存を要する部屋が集中している
本館2階には歴史的価値が高く、内観の保存を要する部屋が集中している

宴会場である「レインボーボールルーム」と1階玄関につながる「ザ・ロビー」、そして、建設当時は大食堂と呼ばれた「フェニックスルーム」がそれにあたります。レインボーボールルームとザ・ロビーの天井には優美な石膏レリーフが装飾として取りけられており、一般的な方法では耐震補強することが困難でした。

こうした背景を踏まえ、当社では、建物の内・外観の歴史的価値を保存・継承しつつ、必要とされる耐震性能を確保するために補強工法を新たに開発しました。

  • 美な石膏レリーフが天井に施されたレインボーボールルーム(改修後)優美な石膏レリーフが天井に施されたレインボーボールルーム(改修後)
  • 建設当時のレインボーボールルーム建設当時のレインボーボールルーム

前例のない漆喰塗天井の耐震改修

レインボーボールルームとザ・ロビーの天井は、近年はあまり使われなくなった漆喰塗天井ですが、大地震の際に損傷する恐れがあるため耐震補強を行いました。漆喰塗天井(ラス網モルタル下地)の補強は前例がなく、新たに補強工法を開発しています(特許出願中)。

X線と3次元スキャナーによる事前調査

3次元スキャナーによる室内形状の数値化
3次元スキャナーによる室内形状の数値化

建設当時の図面が現存していないため、現状について事前調査を実施しました。

天井に小さな孔をあけて厚さや構造を調査するとともに、X線によって見えない部分を撮影。天井内の人が入れない部分については、3次元スキャナー装置を搭載した無線操縦ロボットを使って実測しています。また、3次元スキャナーを用いて室内の形状すべてをデジタル化しました。

  • X線透過撮影(石膏レリーフの内部構造調査)X線透過撮影(石膏レリーフの内部構造調査)
  • 3次元スキャナー装置を搭載した無線操縦ロボットで天井内形状を実測3次元スキャナー装置を搭載した無線操縦ロボットで天井内形状を実測

改修方法の検討

事前調査を基に、今回の工事では耐震補強の目標として以下の4項目を設定しました。

  • (1)
    天井全体が周辺の梁に衝突して脱落することを防止
  • (2)
    漆喰面が部分的に剥がれて脱落することを防止
  • (3)
    天井全体が下地の鉄骨から外れて落下することを防止
  • (4)
    石膏レリーフの落下を防止

目標を実現するにあたっては、鉄骨の下地部分を補強部材で建物に固定して天井を固め、鋼製ワイヤーを張ってフェイルセーフ(落下防止対策)とすることとしました。天井内での補強のため、材料を含め外観を保存継承することが可能となっています。

補強方法の模式図

緑色が既存鉄骨、赤色が補強部材。補強部材で既存鉄骨を建物に固定、フェイルセーフとして鋼製ワイヤーが張られている
緑色が既存鉄骨、赤色が補強部材。補強部材で既存鉄骨を建物に固定、フェイルセーフとして鋼製ワイヤーが張られている

石膏レリーフの落下防止

レリーフの吊り材「トンボ」とポリプロピレンメッシュシート
レリーフの吊り材「トンボ」とポリプロピレンメッシュシート

石膏レリーフは、一旦すべてを取り外し、ガラス繊維で補強した後に再取付します。

改修前のレリーフは竹と銅線で作られた「トンボ」と呼ばれる部材で固定されており、再取付にあたってはステンレスで同じ形状の部材を作成し、同じ方法で固定しています。

また、落下防止のため、ポリプロピレンメッシュシートを漆喰仕上面に張り、漆喰仕上部分との一体化を図っています。

改修前、改修後の断面図比較
石膏レリーフのついた天井(見上げ)
石膏レリーフのついた天井(見上げ)

主な施工手順

  • (1)天井の石膏レリーフは、手作業により丁寧に取り外す
    (1)天井の石膏レリーフは、手作業により丁寧に取り外す
  • (2)漆喰塗天井の下地処理後、ポリプロピレン樹脂のメッシュシートを貼り付け、天井を一体化
    (2)漆喰塗天井の下地処理後、ポリプロピレン樹脂のメッシュシートを貼り付け、天井を一体化
  • (3)縦横45cm間隔でボルトを貫通させて留めつけ、メッシュシートを固定
    (3)縦横45cm間隔でボルトを貫通させて留めつけ、メッシュシートを固定
  • (4)一旦取り外したレリーフを再取り付けして、塗装仕上げを行う
    (4)一旦取り外したレリーフを再取り付けして、塗装仕上げを行う

耐震実験

今回新たに開発した補強工法については、これまでに例が存在しないため、当社技術研究所で実物大の試験体による振動実験を行いました。東日本大震災で観測された地震動(最大加速度1197gal)を用いた実験の結果、本改修工法は十分な耐震性能を確保できることが実証されました。

  • 振動実験の様子振動実験の様子
  • 実物大の試験体実物大の試験体

その他の改修

既存構造体の形状調査と図面復元・材料調査などを行い、耐震改修促進法に基づいて耐震診断を実施しました。その結果により建物の耐震補強を行い、耐震性能を向上、歴史的保存部位指定の山下公園側外観に影響を与えないように実施しました。

5階の主な耐震補強箇所
5階の主な耐震補強箇所
  • 5階外付け鉄骨ブレース
    5階外付け鉄骨ブレース
  • 5階鉄骨ブレース
    5階鉄骨ブレース
  • 鉄筋コンクリート耐震壁の新設(AP工法)
    鉄筋コンクリート耐震壁の新設(AP工法)
  • 独立柱の鋼板巻補強
    独立柱の鋼板巻補強

竣工時のホテルニューグランド

ヨーロッパのホテルを思わせる外観が特徴的なホテルニューグランド本館は、今からちょうど90年前の1927年(昭和2年)に、当時、新進気鋭の建築家であった渡邊仁の設計、当社の前身である清水組の施工により建設されました。

竣工4年前の1923年(大正12年)に発生した関東大震災では、横浜一帯も大きな被害を受けており、同ホテルは震災復興のシンボルとして横浜市が主導、当初は外国人向けのホテルとして開業しています。

開業後は、皇族をはじめ、多くの著名人がこのホテルを利用しました。例えば、戦前は作家の大佛次郎(おさらぎ じろう)やベーブルース、また戦後はマッカーサー元帥などが宿泊しています。

  • 竣工時のホテルニューグランド外観竣工時のホテルニューグランド外観
  • 建物のコーナー部には開業年である「AD1927」を刻んだ装飾が施されている建物のコーナー部には開業年である「AD1927」を刻んだ装飾が施されている
  • 当時のザ・ロビー
    当時のザ・ロビー
  • 当時のフェニックスルーム
    当時のフェニックスルーム