2023.07.10

建設的な未来(東芝)

スペシャル座談会

SFプロトタイピングワークショップから小説「建築惑星」ができるまで

全4回で連載した藤井太洋氏の小説「建築惑星」。お楽しみいただけたでしょうか。この小説は、清水建設のエンジニアの視点から未来構想をつくり上げるSFプロトタイピングワークショップを開催し、その成果から着想して生まれたものです。今回はこのSFプロトタイピングプロジェクトをめぐるコンテンツのエンディングとして、小説の産みの親である藤井氏、ファシリテーターとしてワークショップをリードしてくださった東芝の大向氏、そして「テクノアイ」でSFプロトタイピングワークショップを企画した岡澤のオンライン座談会をお届けします。

SF作家
藤井 太洋
(ふじい たいよう)

株式会社東芝
CPSxデザイン部

大向 真哉
(おおむかい しんや)

清水建設 技術研究所
岡澤 岳
(おかざわ たかし)

不確実な未来を見通す試み

  • コラボレーション企画「建設的な未来」フェーズIIと位置付けられるSFプロトタイプワークショップから始まり、小説誕生に至るまでのこのプロジェクトがスタートしたきっかけを教えてください。

岡沢岳

清水建設と日本SF作家クラブのコラボレーション企画「建設的な未来」を続けていく中で、SFという切り口には大きな可能性があると感じていました。
これまで取り組んできたSFショートショートの制作を通じて、少しずつ当社事業や技術から距離ができてきたことを課題に感じていました。もう少し、SFの世界観と現実を近づけたいと考えた時にSFプロトタイピングという言葉に出会い、目指すべき方向性と、「建設的な未来」で小説を創ることのピントが合ったという感触を得たことがすべての始まりでした。

藤井太洋

私も「建設的な未来」に参加して作品を書かせていただき、おもしろい取り組みと感じていました。SFプロトタイピングもいくつかの企業と経験していましたが、たいてい参加されるのが役員クラスの方々や意思決定に関与される方が多く、そうすると話の内容が似通ってくるのです。その点、今回は現場で実際に開発に関わっているエンジニアの方たちが数多く参加されるということで、これはおもしろくなりそうだと予感しましたね。

大向真哉

以前から「なにか一緒にやりたいですね」と話をしていた岡澤さんからこの話をいただいて、とにかくワクワクしました。東芝でも未来洞察や未来創造については、シナリオプランニングやスペキュラティブデザイン、アート思考といった手法を活用しながら取り組んでいますが、SFプロトタイピングはまだ未体験だったので、これを学ぶいい機会になるとも思いました。建設会社のエンジニア、SF作家、イラストレーターと、まったく異なる領域の達人たちがコラボすることでどんな化学反応が起きるのか、そこにデザイナーとしてどんな貢献ができるのかとワクワクしたことを覚えています。

岡沢岳

大向さんのチームは見えない課題やニーズを可視化するグラフィックレコーディングに長けていると感じていたことがファシリテートをお願いするきっかけでした。このプロジェクトでは、そこにSFイラストレーターの加藤さんからアウトプットされるイラストが加わって、それがまた、大向さんたちのグラフィックレコーディングの絵とはまったく違う感じでみなさんの想像力を大きく掻き立て、議論をドライブしていたのが印象的でしたね。

藤井太洋

ワークショップの場では加藤さんご自身は決して雄弁ではなかったですが、イラストは非常に雄弁ですね。

頭の中に「モヤモヤ」を残す

  • ワークショップをファシリテートしていく上では、どんなことに気を遣われましたか?

大向真哉

清水建設の思想や文化、技術、そこで働いている人たちのそれぞれの想いをいかに引き出すかということは意識しました。議論の中でユニークなものはいろいろ出てくるでしょうけれど、その中でも清水建設として適切であり、なおかつ個人の思いを込めた言葉にできるかというところはプロセスを設計していくうえで大事にした部分です。その中で狙っていたのは、いかに参加者の頭の中に「モヤモヤ」を残すかということでした。

藤井太洋

「モヤモヤ」ですか、なるほど。

大向真哉

ワークショップをやって終わり、小説を書いて、イラストを描いて終わりというものにはしたくなかったのです。アウトプットされた小説やイラストで描かれた技術が清水建設の社内で実現し、世の中にどう実装していくかということは清水建設のみなさんの手にかかっています。ワークショップの中で感じられたであろう「本当にこんな未来が来るのか?」というモヤモヤ、さらに小説を読んで「あのときのあの想いがこんな形で表現されているのか!」など、この先も延々と考え続けてもらえるような仕掛けを盛り込みたいなと思っていました。

藤井氏が小説の題材としたワークショップで生み出した世界「モデリングネイティブ」
藤井氏が小説の題材としたワークショップで生み出した世界「モデリングネイティブ」のグラフィックレコーディング
岡沢岳

大向さんたちにはファシリテートしていただいただけでなく、ワークショップとワークショップの間で議論の内容をまとめていく力が素晴らしかったと思いました。1回2~3時間のワークショップの中で、みんなでキーワードを出していくのもファシリテーターのリードなしにはうまく回らなかったと思いますが、それだけではキーワードの羅列が出てくるだけに過ぎません。そこに必要最低限の文脈を与え、このキーワードとこのキーワードはこういうふうにつながっているなど、全体像を構築していく作業はなかなか大変だったのではと思います。

大向真哉

参加されたみなさんが、それぞれの立場から非常に多くの発言をしてくれた、その賜物です。今回はたくさんのキーワードを紡いでいって、遠未来の在り様をイメージしたわけですが、東芝デザイン部門では日常業務の中で言葉を大事にしていて、そこは共通点のように感じていました。

藤井太洋

デザインをアウトプットとしているのに、言葉を大事にする。それはなぜなのですか?

大向真哉

デザインするには、感覚で動いている自分と論理的に考えている自分の両方が必要です。デザイナーとして直感で行っている処理や作業を言葉として定着させると、具現性や具体性が備わっていきます。その確認作業が言葉を与えるということなのです。デザインをはじめとする表現や創作とは、第三者に価値を提供することです。そこでひとつひとつの行為に言葉を与えて意味づけすると、自分の手作業や考えに責任を持たざるを得なくなりますし、その結果より良い価値が生み出せると信じています。言葉を大事にするというのはそんな意味があると考えています。私たちは日常的に言葉と言葉をぶつけ合いながらデザインワークを進めているので、そういう意味でも「建築惑星」で書かれている内容には共感しました。

「建築惑星」の元になった発想

  • 小説「建築惑星」はどのようなところから着想されたのでしょうか。

藤井太洋

ワークショップに先立って技術研究所を見学させていただいたときに、大筋は浮かんでいました。特にインスパイアされたのはラクツムによるコンクリート3Dプリンティングでしたね。システムはすべて知っている機械で構成されているのに、明らかに新しいことをやっている。これは実に刺激的でした。今は、モノを設計したり創っている現場とそれを使う現場は離れているのが一般的です。でも宇宙時代になると、地球で設計したものが軌道上や月面では使い物にならないケースが絶対に出てくるはず。そうなると、使う現場でモノを創るという発想になっていくだろうと。さらに、使う人や実際に施工する人の感覚のようなことがモノづくりに逆流していくような現場が生まれるのではないかと考えたのです。

  • 3Dプリンティング見学時にメモを取る藤井氏
    3Dプリンティング見学時にメモを取る藤井氏
  • 小説の創作の一端ともなった技術研究所本館一階のテンセグリティ
    小説の創作の一端ともなった技術研究所本館一階のトラス構造
岡沢岳

なるほど。それはおもしろい発想ですね。

藤井太洋

昔はそうだったはずなのです。石を割っている場所で、使う場に合わせた割り方を研究して、それが石の積み方にもつながっていく。石工の親父さんが手なりで積んでいった結果、大伽藍ができあがっていたというようなことですね。一周回って同じようなことが遠未来、宇宙のどこかで起きるという状況を仮想し、ひたすらモノを作る人たちが大量にいて、必要になったらそこらへんの材料で欲しい物をどんどん作っちゃうみたいな、そういう事ができる人の集団がいたらおもしろいなと。考える場所、設計する場所と創る場所、使う場所が近くなるとすごいイノベーションが起きるのではと、そういうストーリーを考えてそれが成立する舞台を考えて書きました。

大向真哉

あの作品のポイントになっている「投影格子(キャストトゥース)」のアイデアはどこから来たものですか?

藤井太洋

当初イメージしていたのは、ル・コルビュジエが提唱したドミノシステムでした。

岡沢岳

モダン建築の基礎になったドミノシステムですか? ドミノシステムって確か、床スラブ、それを支える柱、昇降のための階段で構成される鉄筋コンクリートによるフレーム構造のことですよね。石やレンガを積み上げる伝統的な建築からの転換を象徴する考え方と理解しています。

藤井太洋

そうです。あれに匹敵するような、デザインや設計手法、建築の考え方そのもので、パラダイムシフトに近い衝撃が与えられるようなものをあれこれ考えていたのですが、コンピューターに支援させて構築した高次元構造体を三次元に投影してモノを作っていくというのがおもしろそうかなと。文章なら容易に成立するので(笑)。

藤井氏が創作にあたり描いていたスケッチ
大向真哉

頭の中で「こういうことかな?」と妄想しましたよ(笑)。本当に想像が膨らみました。

イラストと小説、さらにその先へ

  • では最後に、当プロジェクトを通じて何が得られたのかご紹介ください。

大向真哉

参加したみなさまと一緒に小説の題材となる構成要素を描いたあと、そのアウトプットとして藤井さんの小説が見られたことで、多様な専門性の掛け合わせにより各々の未来の断片がストーリーとして生まれ変わる体験を目の当たりにしました。未来は我々が想い描いた方向にしか行かないし、そこをどのように想い描けばいいのか、私自身も感じられたのは収穫でした。

藤井太洋

実は商業作品を書く場合、科学技術がストレートに進んだ未来を描くことはあまりないのですが、今回はそういう舞台を設定して、いろいろなキーワードからの連想を積み上げていく、SF作家らしい活動ができました。研究所見学も含め、いい経験をさせていただいたなと感謝しています。

岡沢岳

まず大きいのは、SFプロトタイピングを体験できたということですね。不確実な未来に向けて課題を切り出し、そこに向けたソリューションを作っていくのは、これからの企業に求められるものだと思います。また、課題を切り出すだけでなく、今回のようにキーワードを拾い上げ、その関連性や文脈を見出したうえでストーリー、プロダクトに落とし込むという大きな流れが、今後ますます重要になっていくだろうという予感もあります。それを先行体験できたように感じていて、個人的にはとても多くを学ぶことができたと思っています。

大向真哉

これで終わってしまうのはもったいないですね。小説、イラストを清水建設のエンジニアの皆さんと因数分解していく機会があればと思いますし、清水建設のソリューションとして社会実装できれば、素晴らしいですね。

岡沢岳

藤井さんの小説をブレークダウンするというか、要素分解して再構築する、つまりハッキングするわけですね、それはおもしろい!

大向真哉

「建築惑星」が非常に想像力を刺激される内容だったので、もう一度参加者のみなさんと意見交換したいです。

藤井太洋

加藤さんのイラストも、いろいろな要素をコラージュしながら実に精細に描かれていて、さまざまな角度から分析できそうです。これをブレークダウン、因数分解していくのもおもしろそうです。

岡沢岳

小説、イラスト共に、参加者全員でハッキングするのは、あのときのあれがこうなったというイメージを再インストールすることにもなりますね。まだまだワクワクする未来は続きそうですね。本日はありがとうございました。